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19.会いたかった6

 何度も何度も夢見て、ずっと忘れられなかった人が、今目の前にいる。  ストン、と手に持っていた鞄を落とした。  ——どうして、彼がここに? 「いつもこんな遅くまで仕事をしてるのか? 働きすぎは良くない事だぞ」  彼は立ち上がった。  記憶の中にある彼より、目線が少し高い位置にあった。そして垢抜けた顔と、少し伸びた髪。外見が変わっていても、仕草や言葉遣いは記憶の中にある彼のまま。  驚いたまま放心している七海に、彼は文句を言いながら近づいた。 「なんで黙っているんだ? 俺は、これでも怒っているんだぞ。お前が何も言わないで出て行ったこと、許してないからな!」  目の前でぷんぷん怒っている彼は、ここに居るはずのない大事な人。何か都合のいい夢でも見ているのだろうか。疲れ過ぎて、幻覚でも見ているのではないだろうか。 「……夢か……?」 「はあ? 何言ってるんだ? 夢じゃないぞ!」  ぐっと顔を近づけた彼に、ゴツン、と勢いよく頭突きをされた。急な額への衝撃に、一瞬くらっとした。  容赦のない頭突きは痛い。頭がぐわんぐわんする。本当に痛かった。涙が出そうなほど痛かった。  ——だからこれは、夢ではない。 「……っ、痛い……」 「ほら、夢じゃないだろう!」  近付いた彼から、ふわっと香水の匂いがした。この香りを、七海は知っている。  間違いない。晴太郎だ。  もう二度と会えないと思っていた大事な主人が、目の前にいる。    晴太郎だと分かると、抑えが効かなかった。  目の前の細い身体を、ぎゅっと抱きしめた。 「会いたかった……!!」  言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるが、出て来たのはたった一言。  冷え切った身体から、彼が長い時間ここで待っていたことがわかった。こんなことなら、仕事なんてさっさと切り上げて帰ってきたら良かった。少しでも暖まるようにと、彼の背中に回した手に力を込める。  急に抱きつかれた彼は驚きで固まっていたが、しばらくすると、そっと七海の背中に手を回した。 「俺も、会いたかった。七海……好きだよ、大好きだ」  背中に感じる彼の手に、ぎゅっと力が籠ったのがわかった。

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