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20.隣にいること6
「おまえ……やっぱり仕事ばっかりで、無理してたんだろ?」
「えっ、そんな、無理なんてしていませんよ」
「残業、続いてたんじゃないのか? 昨日だってあんなに遅く帰って来たし」
「昨日は、最終日でしたから……」
「本当かー?」
晴太郎は七海の顔を下から覗き込むように、ぐっと顔を近づけて来る。下手したら吐息が当たりそうなその距離に、七海は息を呑んだ。
「昨日よりはマシだけど、隈が酷いし……」
晴太郎の掌が七海の頬を包むように触れた。彼の親指が、すっと七海の目の下を撫でる。むっとしていた彼の顔は、いつの間にか七海を気遣うような、心配しているような表情へ変わっていた。
「おまえの無理してない、は、信じられないからな」
頬に触れた掌が温かくて、トクンと胸が跳ねた。
静かに離れようとした晴太郎の手に、七海は自身の手を重ねた。もう少し、その温かさを感じていたい。
「え、七海……?」
すぐ傍で、薄くてピンク色の唇が、七海の名前を紡いだ。
重ねていた手をぎゅっと握ると、ぴくりと小く震えたのがわかった。空いたもう片方の手は、するりと彼の髪を撫でるように頭にまわす。そして息が掛かるほど近くにあった彼の唇に、そっと自身の唇を重ね合わせた。
ふに、とそれ同士が触れる柔らかい感触。ほんの少しの間だけ重ね合って、音も立てず静かに離した。
「いっ、いま……! キスした?!」
驚きやら羞恥やらで、晴太郎はまた頬を赤くした。わなわなと震えた手で、自身の唇をそっとなぞるように触れる。
その様子が可愛らしくて、愛おしくて。また七海の心臓を、ぎゅうっと鷲掴みにして締め付ける。
——そんな反応されてしまうと、もっと意地悪したくなってしまう。
「……恋人ですから、このくらいしても、いいですよね?」
今度は赤くなった頬にキスを落とすと、ぶわっと耳まで赤が広かった。
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