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20.隣にいること8
「従兄弟さん食べたいって言ってますし、作っちゃいましょうよー」
「そうですね。ありがとう、山田くん」
「いえいえ。じゃ、俺はこの辺で!」
良いお年を、とひらひらと手を振りながら山田は去って行った。晴太郎の正体には全く気付いていない様子で、胸を撫で下ろした。
「なんだ、意外と顔を知られていないものだな」
中条ホールディングスの人間が居なくなって安心したのか、晴太郎がほっと息を吐いた。
「たぶん、会社に属してる幸太郎様と風太郎様くらいしか覚えられていないんじゃないでしょうか」
「そんなもんか」
東京本社の社員たちと違って、地方の支店の社員は式典やパーティーは基本的に不参加だ。なので、晴太郎たち中条兄弟と顔を合わせる機会がない。山田のような地方の社員には、どうやら顔は割れていないらしい。
「幸兄さんの名前聞いて思い出したんだけど、最近元気がないんだ」
「……幸太郎様が?」
晴太郎の口から幸太郎の名前を聞いて、背筋にピリッと緊張感が走る。異動を伝えられたあの日から、彼とは一度も顔を合わせていない。あの日から幸太郎に対して少し苦手意識を抱いてしまっている。晴太郎は二人の間に何があったなんて、たぶん知らない。
「幸兄さんの奥さん、子供連れて実家に帰っちゃったんだって」
七海は耳を疑った。だって、幸太郎は彼の家族を心から愛し、誇りに思っていると言っていた。
「そんなことが……」
「うん。お義姉さんは、うちの家族の集まりにも顔出さなかったし、嫌だったのかもな……もしかしたら離婚するかもって」
「そうですか……」
——私には、妻と子供がいる。家族がいて幸せだ。
昔、彼が自分に向かって言った言葉を思い出した。
あれは彼の本心からの言葉だったのだろうか。それとも、彼が自身にいい聞かせ、そう思い込むための言葉だったのだろうか。
晴太郎の言う通り、たしかに幸太郎の妻が中条家の集まりに顔を出したことはほとんどない。何年か前の家族旅行にも、彼女は現れなかった。
「……七海?」
「え、はい?」
「ごめんな、暗い話して。買い物の続きしよう」
「はい、そうですね」
考え込んでいるうちに暗い顔をしてしまっていたのか、晴太郎が心配そうに七海を見上げていた。
幸太郎が離婚、と聞いて正直言いたいことはたくさんある。が、今はそれについて考えることに時間を費やしている場合ではない。そもそも、離婚はまだ決定したことではないのだ。
「ミネストローネ、作ってくれるんだろ? 材料揃えなきゃだな」
早く行くぞ、と晴太郎は七海が押していたカートを引っ張った。
少しわくわくしたような、上機嫌で前を歩く彼の背中が愛おしい。それを見ていたら、さきほどの話は頭の中からすっかり抜け落ちてしまった。
我ながらなんて単純なのだろうと呆れるが、それだけ晴太郎に夢中で、彼のことが好きなのだ。
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