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1.きっかけは3

「あの……いかがでしたか?」  放心して黙ってしまった七海は、三浦に声を掛けられたことでハッと我に帰る。 「は、はい。とても、良かったです」 「そうでしたか! それはよかったです!」  彼女はほっとした様子で息を吐いた。案内役としての三浦の説明は辿々しくて、お世辞にも上手いとは言えないが、とても一生懸命さが伝わってきた。  見学するだけ、と思っていたが、正直さらに進んだ話を聞いてみたくなった。ただのしがないサラリーマンの自分に買えるレベルの物件なのだろうか。 「もし、買うとなったら、どうしたらいいんですか?」 「えっと……契約や住宅ローンのお話は出来ますけど、ご家族にご相談とかしなくて大丈夫ですか?」 「私は一人暮らしなので、そういった問題は特に……」 「えっ?!」  三浦は驚いた様子で声を上げた。まさか、そんな反応が返ってくるとは思っていなかったので、七海もまた彼女の反応に驚いた。  何人で暮らしているかなんて話は、特にしていなかったはずだが、彼女は何が勘違いをしているようだった。 「す、すみません。指輪していたので、結婚されているものだと……」 「……ああ、なるほど」  彼女が見ていたのは、七海の左手の薬指に光る銀の指輪。これのせいで七海が既婚者だと勘違いしたのだろう。 「恋人はいますが、ちょっと事情があって結婚はしていないんです。一緒にも暮らしていないので、一人暮らしです」  現在、七海は賃貸マンションで、晴太郎は実家で別々に暮らしている。  本当は晴太郎結婚発表の後、仕事が落ち着いたタイミングで同棲を切り出そうとしていたのだが、なかなか落ち着かず、切り出すタイミングを逃してしまっていた。  日本全国、時には国外を飛び回って音楽の魅力を世界中に広めている晴太郎は多忙だ。そんな彼の活躍を邪魔して七海のもとに縛り付けるのはいかがなものか、なんてことを考えてしまう。 「七海さんは、その恋人さんと一緒に暮らしたくないんですか?」  一緒に暮らしたいか、暮らしたくないか。答えはもちろん前者だ。モデルルームを見ながら晴太郎と一緒に暮らすことを想像してしまったくらいだ。 「もし少しでも一緒に暮らしたいって思っているなら 、恋人さんにも相談すべきです! もしかしたら、状況が変わって一緒に暮らせるようになるかもしれませんし……」  晴太郎と一緒に暮らすことを諦めているわけではない。いつかは一緒に、と考えている。  だったら、彼女の言う通りだ。ずっと住むことになる場所なのだから、晴太郎にも話をした方が良いだろう。   「それに、マンションを買ったのがきっかけで一緒に住むことになるかもしれませんし!」  確かに、今回のこのことが同棲の話を切り出すいいきっかになるだろう。一度持ち帰って晴太郎にも話してみよう、と考えたあたりで緊張してきた。  ——なぜなら七海は晴太郎に、一緒に暮らそう、なんて一度も言ったことがない。

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