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4.これから1
「こんにちは、七海さん」
「こんにちは、三浦さん。今日は無理言って時間をとってもらって、すみません」
次の日、七海はさっそく三浦に電話をかけた。ダメ元で今日時間を取る事は可能か聞いてみると、夕方からなら大丈夫と返事が来たので、晴太郎を連れて行くことにした。
電話では恋人を連れて行く、としか言っていない。その恋人が男性であること、そして顔の割れた有名人だと言うことは伝えていない。
晴太郎には軽く変装をさせた。変装といっても、普段の額を出すヘアセットではなく、あえて前髪を下ろしたセットにしたり、黒縁の伊達メガネをかける程度だ。よく見ないと天才ピアニストの中条晴太郎だとわからないようにはなっているので、モデルルームで他の客と鉢合わせてもバレないだろう。
担当営業である三浦とはしっかりと向き合うので、気付かれてしまうかもしれないが。
「あの、今日は恋人さんと来てくださると聞いてたんですが……その方は?」
やはり、三浦は女性が来ると思っていたらしい。七海の隣に立つ、男性の晴太郎を見て首を傾げた。
「はい、こちらの方が……私の、恋人です」
「え……」
三浦が驚きで目を見開いたのがわかった。だがそれはほんの一瞬で、彼女はすぐに平然とした表情に戻る。そして晴太郎の方に向き直り、深々と頭を下げた。
「大変失礼致しました」
「いえ、別にそんな……顔をあげてください」
「私、担当営業の三浦と申します。よろしくお願いいたします」
「中条です。よろしくお願いします」
三浦から差し出された名刺を受け取って、晴太郎は不安気に彼女を見つめた。
「……何とも、思わないのか?」
三浦と会ったことのある七海は、情に熱く人を思いやる心を持つ彼女なら、自分達の関係を拒絶しないだろうと思って心配はしていなかった。が、晴太郎は違った。三浦がどのような人間か知らない晴太郎は、自分たちが彼女の目にどう映るか、少し不安だったのかもしれない。
不安そうにしていた晴太郎の問いに、三浦はにこりと笑って答えた。
「はい。男性同士や女性同士で来るお客様もよくいらっしゃいますよ。それに、今は同性カップルでも組める住宅ローンも充実してるんです」
「そうなのか?」
「はい。なので、大丈夫です。安心してください!」
たぶん彼女は、自分たちが思っている以上に同性同士の夫婦を相手にすることに何とも思っていない。
晴太郎が住宅ローンの心配をしているのだと勘違いして、同性同士のローンについての事例を紹介して来た。これには晴太郎もポカンとしていたが、歳下の新入社員の説明に一生懸命理解しようと、耳を傾けていた。
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