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4.これから3

* 「申し込んでしまった……」 「後悔してないだろ?」 「してません」  不動産屋を出た後、七海と晴太郎は行きつけのレストランに来ていた。金銭感覚が通常の七海にとって少しお高めのところだが、完全個室で晴太郎も安心して寛げるので贔屓にしている。この店のワインとローストビーフは彼のお気に入りだった。晴太郎はワインを、七海はウーロン茶を飲みながら、あのマンションのことについて話していた。  晴太郎も充分気に入ったので、七海はあのマンションを買うことに決めた。晴太郎が高くて広い部屋がいいと言ったので、最上階である19階の4LDKの部屋に決めた。男二人で暮らすには、充分な広さだ。  マンションを買うには、まず申し込みをして住宅ローンの仮審査をするらしい。その仮審査が通った後に契約をする。今日は申し込みをしたので、しばらくは審査結果待ちだ。 「審査、問題なければいいですけど……」 「もしダメだったら、俺が現金で買うから大丈夫だ」  はじめのうちはまだ冗談に聞こえたが、晴太郎が部屋を気に入ってしまった今、冗談に聞こえなくなってきた。彼に現金で払わせるのは回避したいので、なんとか審査通ってくれと願うばかりだ。  晴太郎は明日から仕事でまた海外へ飛ぶので、今日は自宅へ帰ることになっている。レストランで食事をしながら、迎えに来る山田を待っている。 「今度は、どこに行くんですか?」 「アメリカに、演奏会と音大の特別講師の仕事。たぶん2週間くらい滞在して、そのあと北海道に行くから……会えるのはまた、1ヶ月後かな」 「そうですか。忙しそうですね……」 「ごめんな、時間取れなくて」  晴太郎が忙しいのは今に始まったことではない。分かっているが、また1ヶ月後と聞くと長いな、とため息が出そうになってしまう。  もし一緒に暮らしたら、遠征から帰ってきた彼にすぐ会えるのだろうか。きっと、今より一緒にいる時間は増えるはず。どうにもならない寂しさが少しでも減ると思うと、早く一緒に暮らしたくてたまらなくなる。しかし、マンションが完成するのは約1年後。気長に待たなければならない。 「……気を付けて、行ってきてくださいね」 「うん。時間作って、出来るだけ電話するから」 「はい、待ってます」  寂しいな、と思うと無性に彼に触れたくなった。それは晴太郎も同じだったようで、テーブルの上に置いた手を、向かい側に座る七海の方にそっと伸ばしてきた。晴太郎の手に自分の手を重ねようとした、そのとき。

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