37 / 136
父と母①
次の日。
母さんに会いに俺は実家に一度戻った。
母さんの様子が気になったのと、父さんのことで進展があったからだ。
昨日、会長と食事中に、会長の元に父さんの現状について連絡が入った。
どうにも、あのくそ親父は仕事もせずに愛人宅で暮らしているそうだ。それもパチンコや競馬などの賭け事に嵌り、借金も膨らんでいるとか。
愛人には勝手に返してくれる奴がいるから大丈夫だと言っているらしい。その勝手に返してくれるってのは、もちろん母さんのことだ。
また、借金を母さんに擦りつける気だ。
そんなの許さない。
絶対に許さない。
しかし、離婚するにはもちろん母さんの意志が必要で、弁護士に相談するにもまずは母さんが決断しなければならない。
俺は母さんを説得することしか出来ない。だから、母さんと話をする為にも一度実家に戻ることに決めた。
まだ1週間しか経っていない我が家に懐かしく感じるのはおかしいだろうか。古びた家は今の住まいとは全く違うけど、それでも俺のたった一つの帰る場所だ。
階段を上がり、家のドアを開ける。
すると、微かにカレーの匂いが香ってきた。
「母さん?」
「あら、早かったわね。結城。」
少し、少しだけ顔色の良くなった母さんがいた。目の下の隈は消え、心なしか1週間前より元気になっている気がする。
「母さん、なんか、元気になったね。」
「そう?ここ最近良いことづくしだったからかしら。」
「何かあったの?」
「お母さんね、なんと、お給料が上がったの。」
「えっ、そうなの?」
「まぁ、まだまだ一般家庭に比べたら天と地ほどの差があるけど。それにね、役所から連絡があったみたいなの。労働基準法に触れているって。だから急に休みを多く貰えるようになってね。」
あれ、それってもしかして…。
「それ、ここ1週間の話?」
「ええ、そうよ。結城がいる時に給料が上がってくれれば良かったのにね。」
そんな1週間でこんな上手くことが運ぶわけがない。あいつら、何か裏で手を回したのか?まぁ、でも、母さんのこと思うと今回ばかりは礼をしなきゃな。
って、そうだ。
父さんのこと話さないと。
「あのっ、母さん!」
「ん?なぁに?」
「と、突然だけどさ、その…父さんのことどう思ってる?」
「お父さん?」
いきなり父の話をしだした息子に心底驚いているようだ。しかし、徐々に険しい顔になっていった。
昔から俺と母さんの間では父の話はしてはならない。そんな暗黙の了解があった。
俺が父の話をするのは父がいなくなった日以来だ。それを俺が突然破り、果ては父のことを母に聞いた。母さんはどう答えるんだろう。
「結城、突然どうしたの?」
「突然じゃないよ。ずっと聞きたかった。俺は母さんがなんであのクソみたいな父親の借金を被ってまで家族でいたいのか分からないんだ。それをここ数日で考えてた。」
「結城…。お父さんはね、昔はいい父親だったのよ。でも、事故で足が動かなくなってしまって、転がり落ちるように働かなくなった。初めは仕方ないと思っていたのよ。我慢して、いつかはまた元のお父さんに戻ってくれるって。でも、いつまで経ってもそのまま。それどころか、愛人なんてもの作って出て行ってしまったわ。」
母さん、父さんに愛人がいたの知ってたんだ…。
「別れることは何度も考えたわ。でも、幼い貴方から父親を取るのは酷く残酷に思えたの。」
「母さん…。」
ああ、なんだ。
俺の為だったのか。
母さんは俺のために自分を犠牲にしていたのか。母の力強さを知った。
「母さん、いいよ。もう。それにあんな人父親だなんて思ったことないし。帰ってもこないし。だからさ、俺のために我慢しなくていいよ。俺には母さんがいるだけで充分なんだ。」
「結城…。わかったわ。結城がいいのなら、もうあの人と一緒にいる必要はないわ。…でも、お母さん、お父さんの居場所が今分からないのよね。」
「それなら、大丈夫だよ。俺の…友達?にそういうこと調べてくれる人がいるから。」
「あら、悪いわね。」
「いや、大丈夫。その分俺が充分対価を払って…。いやいや、友達割みたいなことしてくれるみたいだから。」
危うく自分の身に何が起きているのか言うところだった。
「対価?」
「ううん、なんでもない。」
慌てて、否定する。未だに母さんが怪しい目で見てくるので、どう言い訳をしようか考えていた時、家のチャイムが鳴り響いた。
俺はこれで誤魔化せると何も考えずに部屋のドアを開けて、閉めた。
ともだちにシェアしよう!