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柊楓①
「さて、この資料を見てほしい。」
朝ご飯を軽く食べ、会長の部屋に向かった。会長は俺に紅茶を勧めた後、早速と言ったように言葉を放つ。机の上に広がる資料。その資料の中にはいくつか写真も入っている。
「これ…。」
「君のお父上とその愛人の写真だよ。これだけで十分離婚は出来ると思う。ただ、借金地獄のお父上から取れる慰謝料は大した額ではないと思うけど。」
「いや、大丈夫です。あの父親の縁さえ切れれば。それで、話ってそれだけ…?」
「一発殴りたいんだろ。君が本当にその気なら、縁を切る前がいいと思ってね。なに、息子が父親を殴ったところで問題にはならないよ。ただの反抗期だ。仮に問題になっても揉み消しは簡単だしね。」
「会いたいです。会えるなら…。」
「そう言うと思ったよ。さて、じゃあ行こうか。」
「えっ、行くって…。まさか今から?」
「善は急げというからね。それに、今日の方が都合がいい。」
まてまて、心の準備が。そう言う前に会長は俺を連れ出した。
何十年ぶりの父との再会。
ドキドキと胸が高鳴る。
「って、会長。その格好、どうしたんですか。」
「ああ、目立たない方がいいかなって。」
シンプルなTシャツにジーパン。俺が着れば確かに平凡な人間になれる。コンビニに行くような服装だ。確かに。でも、会長はその輝かしい貴族のようなオーラが隠せてない。なんなら違和感しかない。俺、Tシャツとジーパンが似合わない人間なんてこの世にいないと思ってたけど、訂正するわ。
「あっ、あれだよ。」
物陰でボロアパートを覗き込む。会長は指差した。その先には確かに写真で見た男がいた。
「あれが、父さん。」
記憶の中の父親とはかけ離れている。無精髭を生やし、伸び切ったTシャツを着た男。その手には新聞紙が握られている。どう考えても、記事を読む為のものではない。
無意識に一歩前に出た。
そのまま父親の元へと歩いていた。
「あ?誰だお前。」
「あんたは息子の顔すら分からないのか。」
「息子…?あぁ、洋子の子供か。」
「母さんの名前を気安く呼ぶな!」
「ちっ、生意気なガキ。それより俺になんの用だよ。なんだ?パパに会いたくなったのか?いいぜ、遊んでやるよ。金と酒持ってくんだったらな。」
ギャハハと下品な笑い声が響く。
少しだけ期待していた。
それが砕けた瞬間だった。
右手に強い衝撃が走った。
はぁはぁと息が上がる。
気付いたら、男が吹っ飛んでいた。
「てめぇ、何しやがる!」
「それはこっちのセリフだ。お前のせいで俺も母さんも何年も苦しんできたんだ。借金地獄で、母さんは何度も倒れた。こんなんじゃ全然足りねぇよ。母さんは、母さんは、それ以上の苦しみをずぅと味わい続けたんだ。」
「このガキ!」
殴られる。ギュッと目を瞑るが、全く痛みが襲ってこない。恐る恐る目を開けると、黒スーツの男が父親を押さえつけていた。
「えっ、えっ…?」
「大丈夫?結城。」
「まさかこの人会長の…?」
「うん、SPだよ。まぁ、こうなることは予想できていたからね。結城、満足できたかい。」
「…分からない。」
「そう…。結城、帰ろうか。ここにいてももう何かを得ることは出来ない。君が傷つくだけだ。」
手を握られて、自然と体が前に進む。迎えの車に乗り込む前、俺は後ろを振り返った。
父親は、こちらをジッと見つめていた。
俺じゃない。
見ていたのは俺じゃなくて会長。
胸の中にジワジワと黒いモヤが広がっていくのを感じた。
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