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離婚③
酒田さんが連れて行ってくれたのは中華屋だった。ええ、まぁ、酒田さんは会長の叔父なわけで、高級感漂う雰囲気。
母さんは穏やかに笑っているけど、たぶん高級店に入ってること分かってないとみた。メニュー表に金額載ってないし…。
母さんは奢るぞーみたいなこと言ってたけど、いくら借金がなくなったとは言え、ここの支払いは厳しいよ。
なんて思った俺に酒田さんは私の奢りですっと言った。
ああ、母さんに気を遣わせないようにしてくれているんだなと悟った俺は平常心を保つことにした。
そして酒田さん。
めっちゃイケメンじゃないか。
母さんは久々に酒を嗜む。俺ははじめての小籠包を口に入れて舌を火傷した。でも、美味かった。
次々出てくる中華料理を食した頃には、俺の腹はいっぱいになり、母さんは久々の酒でべろべろに酔っ払っていた。
母さんを家に連れてベッドに寝かせる。布団を掛けてから酒田さんを見送る為に、駐車場まで歩いた。
「結城君にね、少しお礼を言いたいことがあるんだ。」
突然そう話し出したのは酒田さんの方。
「うちの楓が最近とても楽しそうでね。君のおかげだよ。」
「俺は何も…。」
「いいや、君のおかげだ。なんたって、楓は今回私を頼ったからね。」
「頼る?」
「昔の楓なら私を頼らず、自分の力で何とかしようとしていた筈だ。彼はそのくらいの力がある。それでも私を使うのではなく、頼ったのは楓の心境の変化さ。」
「その心境を変えたのが俺って言いたいんですか?」
「そう。身に覚えがなさそうだね。楓が言うには、誰かを頼りにした方がいいと君に教えてもらったと言っていたけど。」
あっ…。
なんか覚えがある。
会長と初めて話したあの日のことか…。
確か疲れ切った会長が目の前から歩いてきて、それで声を掛けたんだ。なんだか、無理してでも働く姿が母さんと被って。
「でも、大したこと言ってない気が…。」
「どうかな。私たちの世界では誰かを蹴落とすことはあっても救うことはない。両親だって、人を使う方法しか教えてこなかっただろうしね。だから、君の当たり前のなんの変哲もない言葉が楓の胸には響いたのかもしれない。だからね、結城君、お礼を言わせて欲しいんだ。君のおかげで楓は人を頼ることを覚えた。ありがとう。」
お礼を言われる筋合いはない。なんだって俺は、本当に何もしていないのだから。でも、俺の言葉で会長が何かを得たと言うのなら、それは俺、喜んでいいんじゃないか。
「ところで結城君。」
「はい?」
「洋子さんの恋人に立候補したいのだけど、いいかな。」
「…はい?」
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