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夏合宿⑨
『もちろんだよ。結城君から頼まれるのは嬉しい。君はもう私の息子だからね。』
「…はい。ありがとうございます。」
『今度から遠慮なく頼って。』
嬉しいような気恥ずかしいような。いや、でもこの短期間で母さんと結婚しやがった野郎だ。やっぱりまだ父親と認めるのはやめよう。
俺はスマホをポケットにしまった。
「修学旅行行けんのか?」
「あっ、皐。」
木の影でこっそりと電話していたが、バレていたらしい。俺は皐の問いかけに頷いた。
「酒田さん、行っておいでって。なんか、電話で頼むことじゃないよなって途中から思ったけど、逆にそれが家族みたいだって喜ばれたよ。」
「ふーん…。で、どこに行く予定だ?」
「どこって?」
「美術館巡りならフランスだな、海ならモルディブか?エジプトとかも一風変わって面白そうだな。」
「え…、いや、近いとこの方がいいな。初めての飛行機になるし…。」
「1番近くてシンガポールだぞ。」
「あっ、口から水だすライオンがいる国か!いいな!行ってみたい。」
「アジアは行き慣れてるが、まぁ他の国はまた今度行けばいいか。」
「なんだよ、別にお前ら一緒のとこじゃなくてもいいんだぞ。」
「お前英語喋れんのかよ。」
「これでも特待生だぞ。」
「はっ、受験英語じゃねぇんだぞ。そもそもシンガポールは英語圏ではあるが、中国人が大半だ。お前、中国語話せんのか?そもそもお前友達いねぇだろ。ぼっち旅か?」
「ゔっ…、友達いないのはお前らが俺に変に付きまとうせいだろ。」
しかし、まぁ、友達がいないのは違いない。1人海外に取り残され、旅行する自分の姿を想像してガックリと肩を落とした。
「分かった。一緒に行こう。その代わりちゃんと案内しろよ。」
仕方ねぇなと言いながら皐はスマホを取り出した。恐らく他2人に連絡でも取ってんだろ。
「そういえば、なんで皐はここに来たんだ?俺に会いに来たわけじゃないだろ?」
スマホを持つ指がぴたりと止まった。
ニヤリと笑った皐に、あっやべ墓穴掘ったなと思った。
「お前、俺にはお預けしときながら、鈴太郎にもヤらせてたろ。」
「うっ…や、だってさ…。」
「どうせ、鈴太郎の女装に乗せられたんだろ。でも、ずるいよなぁ?」
皐の顔が近づいてくる。
あっ、これが世に言う壁ドンだ。
顎を持ち上げられ、キスされた。
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※シンガポールの国語はマレー語。一般的に使われるのは英語。中国語しか通じない人はいないわけではないですが、基本英語で通じます。
つまり、中国語の話は皐の嘘。
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