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夏合宿⑬
意識が若干遠ざかっていたとき。柾斗の声が聞こえた。むくりと顔を上げて辺りを見渡す。
「どこここ。」
「目的地だよ。」
「目的地…?」
重い瞼を上げて洞窟の先を見つめた。
「あ…。」
暗い洞窟。
どこまでも続いていた洞窟。
しかしそこにあったのは、一筋の光が差し込んだ幻想的な世界。
洞窟の天井が空き、そこから太陽の光が流れていたのだ。柾斗の背中から降り、光が当たる岩に登る。
「うわぁぁぁ!柾斗、見ろよ!すごい、すごい綺麗だ!」
笑ってその場を飛び跳ねる。
「お前も来いよ!」
「結城君元気だね。」
「当たり前だろ!こんなの見せられたら!ほら、お前も来て写真撮ろうぜ。」
柾斗の腕を掴み写真を撮った。
「あれ、逆光で顔見えない…。」
「ばかだなぁ、結城君。」
スマホを取られて、何かを触るとこっちと呼ばれる方へ顔を向けた。シャッターが鳴る。写真を確認すると、綺麗に映る自分と柾斗の顔があった。
俺はその写真を見て、なんだか嬉しくて笑った。
ーーーー
運ばれたアイスにスプーンを通し一口。甘いアイスはマンゴー味。その上品な味にもう一口とスプーンが止まらなくなった。
「美味しい?」
優しい声が耳に届き、後ろを振り返る。
「楓さん。」
水着を着た楓さんがそこにいた。あまり鍛えているイメージはなかったが、上品な筋肉がそこにはあった。
「結城、君1人かい?」
「はい。柾斗はあっちの方で本読んでますよ。俺とっていうか、俺と菊臣先輩と皐がいる環境だと本気で泳がないといけないだろうって。それでさっきまで3人で泳いでました。ちなみに鈴は泳ぎたくないからって応援してました。まぁ、応援飽きたのか途中で、鈴は城を作るのに熱中し出しましたけど。泳ぎ終わってから皐がその城の完成度見て、俺の方がうまいって言い出して、そのまま2人でお城作りです。」
「結城は混ざらなくても良かったの?」
「俺はセンスないし。菊臣先輩と泳ごうと思ったら菊臣先輩はお家の用があるからって。丁度いいからアイスでも食べて誰か待ってようとしてたところです。」
「なるほど…、気を遣われたかな。」
「気…?」
「いや、こちらの話だ。」
考える素振りをした楓さんは少し嬉しそうだ。楓さんが何を考えているのかよく分からないが、穏やかに笑みを浮かべているものだから何かいいことなのだろうか。聞いたところで答えてくれそうにもないので、黙って俺はアイスを舐めた。
「そういえば楓さんは家の用事は終わったんですか?」
「ああ、せっかくの合宿なのに一緒にいる時間が少なくて申し訳ない。」
「お仕事だから仕方ないですよ。」
「そう言ってもらえるとありがたい。」
みんなもそうだが、特に楓さんは忙しそうだ。激務に追われる楓さんを見ていると、自分がこのままでいいのか不安になる。
「結城は今、誰が1番好き?」
「え…?」
唐突な問いに驚いて顔を上げる。先程の穏やかな顔とは違い、若干難しそうな表情を浮かべていた。
「それは…なんでですか?」
「結城、今のまま“永遠”に過ごすのは不可能だよ。君は誰か1人を選ぶか、もしくは誰も選ばないか、その2択しかないんだ。もちろん僕は君に選ばれたい。他の子達もそうだろう。だが、時間はもう限られている。あと半年。半年しか君は選ぶ時間がないんだ。」
燦々と照らす夏の光。
溶けたアイスは俺の指に雫を垂らす。
ごくりと飲んだ唾と放すことのできない瞳と瞳。
ゆっくりと時が経つ。
「今はまだ決めなくていい。だが、夏休みが終われば、君はまた時の渦に飲み込まれる。ゆっくりはしていられないよ。」
「…楓さん。選ばなかったら、もう会えないのかな。」
「会えないことはない。けれど、会ってしまえば僕らは忘れられないから。極力、君には会いたくないと感じるだろうね。」
持っていたアイスが手から落ちる。ポトリと落ちた先は腹の上。たらりと落ちたアイスをどうしようか悩む。
「楓さん、ティッシュって…え?」
楓さんが目の前にいた。
「楓さん…?」
戸惑ったまま楓さんを見ると微笑んで俺の腹の上のアイスを舐めた。
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