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夏合宿⑮
夜。
日が沈み、満天の星が夜空を煌めく。
「いや、なんでこうなった…。」
ポツリと呟いた言葉はベッドに吸い込まれた。
3時間前ーー
楓さんがニコニコと笑い告げた。
「カレーを作ろうか。」
何言ってんだ、と目が点になった俺。いや、珍しく俺だけでなく、皐や柾斗も口を開けていた。ちなみに、鈴は嫌そうに眉を寄せ、菊臣先輩は止めたんだがと頭を押さえていた。
「で、なんでんなことになった。」
皐のツッコミに楓さんは一つ頷き、見覚えのあるアルバムを開いた。
「ちょっ!それ、俺の中学の時のアルバム!なんで、楓さんが持ってるんです!」
「生徒会のメンバーなら誰でも持っているものだと思っていたけど。」
いや、さも当たり前のように言うな!パッと横を見ると菊臣先輩が目線を逸らしていた。今度は俺が頭を抱える番らしい。
「このアルバムには、結城の中学時代の姿が残されているのはまぁ知っているだろう。それで、僕はこれをしてみたいと思ったんだ。」
開かれたアルバムには、俺がカレーの鍋を持って笑っている写真があった。見覚えはある。林間合宿でカレーを作った時の写真だ。
「質問なんですけど、カレー、作ったことあります?いや、そもそも包丁握ったことあります?」
沈黙の間が続く。
「楓さんは?」
「高級食材なら用意したよ?」
白目向きそう。
「菊臣先輩は?」
「すまない。」
「…鈴は?」
「え〜、僕がそんな危ないもの振り回すと思う〜?」
思いません!なんなら、ハサミも持ったことないんじゃないか。
「皐は?お前はほら、昔はお母さんの手伝いとかしたんじゃないか?」
「昔の話だろ。」
もう一度頭を抱えた。残るは柾斗だ。なんとなく、なんとなくこいつなら…。そう目線を合わせたが笑顔で首を横に振られた。
「無理だろ、これ。ただの大惨事になることしか予想できねーよ!」
「ふむ、使用人にはこちらで用意すると伝えてしまっているのだけど、仕方ない。今からでも用意させよう。ここ数日、過酷な勤務であっただろう彼らを少しでも休ませようと思ったんだけど、仕方がない。」
「うっ…、ぅう…、分かりました!分かりましたよ、俺が一人で作ればいいんだろ!」
「少しなら手伝うよ。」
今日ばかしは本当に憎らしい笑顔だと思った。
人参、ジャガイモ、玉ねぎ、牛肉、一般的な具材を切り、煮詰めていく。その間に、飯盒で米も炊く。火の加減は流石に見れないので、皐と菊臣先輩が見ている。あの2人を選んだ理由は俺の言うことを聞くからだ。尚、鈴と柾斗は変なものを入れる可能性があるので却下した。楓さんはまぁ頼めるはずがない。
「どう?調子は?」
「柾斗…、変なもの入れたらはっ倒すからな。」
「流石に邪魔しないよ。というか、邪魔したら殺されそうだしね。」
「殺す?」
「んーん、それより何か手伝おうか?」
「いいよ、もう…。」
出来上がりそうだし。ルーを溶かしドロドロになったカレーが香ばしい匂いを立て、周辺に充満する。
「いい香りだね。」
「そうだね。」
「棒読みだね。」
「こんなに身体酷使されればな!」
「えー、朝のこと言ってる?」
足の裏で柾斗の足の甲を踏んだ。
「痛いなぁ。」
ガン無視を決め込み、カレーを混ぜる。
「ところで結城君。一つ忘れてることない?」
「忘れてること?」
「この合宿の、まぁ表向きの開催理由。」
「表向きの開催理由…?交流?」
「いや、それもそうなんだけど。二学期に開催される文化祭の話し合いが終わってないんだよ。」
「あっ…、ああ。そっか、生徒会でなにするか結局まだ決まってない!」
去年は確かファッションショーとか言ってた気がする。今年は何するのってなってなぁなぁで話し合いが幕を閉じた。
「流石に合宿中に話し合わないと間に合わないってわけだ。でも、まぁ、結城君も察している通り、一度もその話題が出ていない。正確にはその話題を出すにはみんな忙しすぎて出す暇がなかった。つまり、今話し合う必要があるわけなんだよ。」
「なるほど、じゃあ、カレー食いながら決めるのか?」
「いや、結城君がカレーを作っている間に決めちゃった」
「は?」
決めちゃった…言葉がエコーする。
決めちゃった。
なんだっけ、決めた?
俺抜きで?
「はぁぁぁぁ!そりゃないだろ!なんで勝手に決めてんだよ!いや、待て。そもそもおかしいだろ!皐と菊臣先輩にご飯係頼んでたはずだろうが。え、なに、飯盒を囲んで話し合ってたの?それはそれでおかしいだろ!」
「んー、想像したらそれはなんていうかカオスな状況だね。でも、よく考えて、俺たちがそんなところで話し合うと思う?」
いいえ、思いません。思いませんですとも。
「じゃあ、米は?」
「お米は、あれ」
柾斗の指さす方に火の面倒を見ているお手伝いさんがいた。
「俺の苦労!違う、ツッコミが多すぎて追いついてない。何から突っ込めばいい。あれか?お手伝いさん休ませたいとか言ってたから俺が労働してたのにって言うツッコミか?」
「いやぁ、それは違う気がするな。」
「そ、うだよ…、違うな!あれだ!なんで俺抜きで話し合ってんの!」
「時間ないし、あと、まぁ、結城君ただの庶務だからね。」
なら、生徒会室で一生懸命考えたあの時間はなんだったんだ。コスプレした時間はなんだったんだ。生徒会室で無理やりヤられた意味はなんだったんだぁぁぁ。
「ま、どんまい」
「俺、わりといつもお前に殺意湧いてたけど今ほど本気で殺したいと思ったことはない」
「怖いなぁ。そんな度胸もないくせに。」
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