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夏合宿⑯

「…で、何すんの?」 「ああ、結城君は何もしなくていいから。」 「何もしなくていい?」 「うん。」 二度目の衝撃。 「なんで!」 「んー…、結城君ピアノ弾ける?」 「ピアノなんて金持ち楽器触ったこともない。ピアニカならあるけど。」 「じゃあ、ヴァイオリンとかフルートとかは?」 「だから、金持ち楽器触ったことないって…」 「そう言うことだよ」 「…。」 なるほど。確かにそれは無理だ。楽器なんて授業で習う程度のものしかできない。仮に今から死ぬ気で習ったところで目が肥えたならぬ耳が肥えた金持ちの息子たちには不協和音に聞こえることだろう。 「柾斗はなにすんの。」 「俺はヴィオラかな。」 「弾けんの?」 「人並みになら。」 「入賞経験は?」 「まぁ、それなりに。」 人並みとは一体なんなのか、突っ込まないぞ。俺は…今更。 「そんな目で見られても俺なんて大したことないよ。」 「…他の連中はもっとすごいと?」 「そうだね…、楓くんはあの通りなんでも出来る人だからなぁ。ああ、ちなみに今回はヴァイオリン担当ね。ピアノもコンテスト何回も最優秀賞に選ばれてるみたいだけど、皐くんがピアノしか弾けないから今回はヴァイオリンにするらしい。まぁ、皐くんに関しては本格的にプロ目指せるくらい才能あるから譲るって感じではないけど。」 「え、皐ってピアノの才能もあんの!」 「ああ見えてね。流石に長男だし、家があれだからプロの道は選択肢にはないだろうけど相当らしいよ。」 「人って見かけによらないもんだな。」 「確かにね。ちなみに、菊臣くんはチェロね。まぁ、イメージ通りかな。コンサート経験はないみたいだけど。ほら、柔道メインでやってる人だから。ただ、菊臣くんのお母さんは子供が男ばっかりでむさ苦しいの嫌ってなって、一時期ずっと末っ子の菊臣くんに趣味の音楽を付き合わせてたらしい。結局、菊臣くんの柔道の才能開花でお母さんの息子の1人は草食系男子でって言う夢は途絶えたらしい。」 ご愁傷様って感じだな。でも、菊臣先輩のことだから、お母さんのために一生懸命チェロの練習頑張ったんだろうな。…、にしてもなぜチェロにしたんだろ。ヴァイオリンとかの方がなんとなく草食系男子っぽくね? 「キクちゃん、昔から身体大きいらしいよぉ〜」 鈴はそう言いながら、カレーを混ぜる俺の背後から抱きついてきた。勢いでカレーのルーが跳ねた。 「おい、溢れたらどうする。」 「えー。」 「えーじゃない。ったく…。で?お前は何すんの。」 「僕もヴァイオリンだよぉ。これでも、大人もいるコンテストで金賞取ったことあるんだからぁ。」 「ああ、そういうのもういいよ。お前らが金持ちな上才能に溢れてることは伝わったから。」 「僕の時だけ冷た〜い。」 残念ながら鈴に関しては想像ついていた。ってか、この流れで鈴だけ何もありませんって方がおかしいだろ。相変わらず生徒会のメンバーは恐ろしいほどなんでも出来る。金持ちの言葉一つを理由にするには些か問題がある。 「それで、鈴は何しに来たんだよ。自慢するために絡んできたわけじゃないだろ?」 「ん〜、ご飯まだかなぁって。」 よく煮込まれたカレーを見て、そろそろいい頃合いかと思う。俺の腹の虫も鳴り響いている。 「ご飯よそってきて。」 「えー、僕そんなことしたことないよぉ。」 「はっ倒すぞ!そのくらいしろ!」 「せっかく作ったご飯ひっくり返してもいいならいいよぉ?」 無言で皿を取り、ご飯をよそう。結局俺が全部する羽目になるとは…。しかもハブられるし。ケッ…。 「わーい!ユーキ君のご飯だぁ。」 カレーを目の前に座る面々。金持ち連中がカレーを目の前に座っているのは違和感がある。普通に面白い状況だ。 しかし、まぁ、やっぱり緊張するもので、口に運ばれていくカレーを見てドキドキする。口に合うだろうか…。美味しくないと罵られたりして…。しょうがないところはあるけどさ。 俺の貧乏カレー…材料だけは高級品、尚、お肉は国産牛でカレーに牛肉を入れるの初めてだけど。ルーは普通の一般的なやつを使っている。最初はいくつものスパイスが机の上に並んでいたから頭を抱えたものだ。食材を切っている間にルーだけ買ってきてもらった。 使用人さんにえ?って顔をされて、え?って返したのはまぁいい思い出となることだろう。まぁ、そんなどうでもいいことは取り敢えず置いておくとしよう。 本題。カレーを美味しいと感じてもらえるか否か問題。皆、カレーにガッつくことはしない。上品にスプーンで掬う。それがもどかしくて、早く食べてほしい。しかし、いざ、喉元を通っていくのを見ると自信が喪失してしまうもので、持っていたスプーンを皿の上に置いた。 「ど、どう?お、俺の貧乏カレーなんてまぁ口に合うはずないのは分かってるけどさ。お前らが作れって言ったんだからな。夜飯それしかないけどさ、不満なら自分で作れってことで。えっと、あの、あの…だから、別に残してもいいから…。」 語彙がどんどん小さくなっていく。これじゃあ、不安ですって言ってるようなものだ。恥ずかしい…。でも、手づくりなんて他人に振る舞うことなんて殆どなかった。母さんは美味しいとしか言わないし…。 「結城…。」 ビクッと身体が跳ねる。恐る恐る楓さんを見た。 「結城、美味しいよ。今まで食べたどんな食事よりも。世界で一番ね。」 「うっ…、お世辞にしても流石に褒めすぎですよ。世界一なんて…。」 「そうかな?僕はそう感じたけど、もしも僕の舌を信用できないのなら、周りを見渡してみるといい。」 ちょうど目の前に座っていた鈴を見た。鈴は目が合うとにこりと笑って美味しいと呟いた。 「そうか、そうか。ははっ、そっか。みんな美味しいって思ってくれるのか…。へへ…って、え?ちょ、菊臣先輩!は、鼻血出てっ!」 カレーを食べる面々の中でなぜか唯一鼻血を垂れ流す菊臣先輩を見てギョッとした。カレーを食べて鼻血を出す人間なんて初めて見た。 「た、確かに隠し味にチョコレートは入れたけど、鼻血出すほどの量なんて入れてない…。」 「もぉ〜!菊ちゃんどうせユーキ君のカレーに興奮したんでしょ〜?」 「いや、いくら菊臣先輩でもそれはないだろ…。」 「…すまない。」 いや、謝るな。それは肯定の意味だぞ。 「ふふっ、みんな楽しそうで何よりだよ。結城もこれで安心しただろう。」 「ま、まぁ…。」 少し見てないうちに完食していた皐がカレーをおかわりしていた。俺がジッと見ているとこちらに気がついた皐は「なんだよ。」と口を尖らせて言った。 「べつに〜。おかわり沢山してよな。話し合いにのけ者にされて作ったんだから。」 「はっ、言われなくても食うわ。」 「あ〜!ずるぅい!僕もおかわりする!」 「俺も食べてもいいだろうか。」 鈴と菊臣先輩がカレーをおかわりをしようとお玉を取っている。さっきは手伝ってくれなかったくせにと思ったが、お玉の握り方がおかしいのを見て言うのをやめた。ああ、自分で継ぎに行くくらい味が気に入ったと思っていいだろうか。ニヤけた顔を抑えるために俺もカレーを食べた。 「また、作るな。」 その言葉に反応した柾斗が俺の頭を優しく撫でた。

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