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1・不幸な僕と君のしあわせ-2

 レモンサワーの苦さへ中途半端に口をつけたまま、右隣、左隣、を、僕は思わず窺った。並んで座っているカウンター席の左右にはどちらも大学生らしい若者が座っていて、それぞれの話題に夢中になっている。潰れた豆腐とベビースターのまぶされた食いかけのサラダボウルみたいなごちゃまぜの喧騒の中で、紅蓮の告白はそう異質でもなかった。内容は異質かもしれないが、テンションが異質ではない。だから誰も耳を傾けない。 「……知らなかった……」 「言わなかったからなあ。困らせるだろうから人には言わないことにしてるんだ。あでも、一緒に暮らすなら、言っといたほうがよかったよな。住まわせる前に言っとけばよかった」 「いや、気にしないけど、そんなの」  そんなの、と言うのは不味かったかな。当事者にとって『そんなの』で片付けられる問題であるはずがないのだし。続けようとした「誰彼構わず襲わないくらいの良識があることは分かってる」というフォローも、危なっかしく呑み込んだ。これではゲイは良識がなければ誰彼構わず男を襲うと認識していると言っているようなものだ。ジェンダーがどうあれ同じ人間だ、同じ本能と理性を持っている。良識がないのは自分のほうだ。  明るく爽やか、逞しくてエネルギッシュ、学校だったら間違いなくクラスの人気者。でありながら、僕みたいな陰気なオタクとも打ち解けられる強靭なコミュニケーション能力の持ち主。いつだって陽気で、暗い部分など欠片も見せないのが山田紅蓮という男だ。悩みなんてなさそうで、羨ましいくらい、ちょっと馬鹿。その彼が、重い秘密を抱えて生きていたなんて。僕はなんと浅慮だったのだろう。 「ごめん、なんか……何と言ったらよいやら」 「すまんすまん、気にせんでくれ」  体格に見合った大きな口でがはがはと彼は笑った。センシティブな問題、とこちらが考えているのを馬鹿らしいとでも言わんばかり、僕が言葉に詰まったことすらまるで気にするそぶりがない。 「まあ、気にせんでくれって言っても難しいよな」 「気にしないよ。ただ、ちょっと驚いた」 「だよなァ」  煙草をふかして苦笑する。ガタイがよく、百九十センチも上背がある大男だ。最近筋トレに凝っているとかで更にひとまわり大きくなり、今や煙草の白い筒がアンバランスに小さく見える。顔は整っているが、どちらかと言えば男臭い風体だ。  こいつは幸せなやつだ、とずっと思い込んでいた。  子供の頃からそうだ。ゲームを持ち寄ってバトルするとき、神社の裏山にカブトムシを捕まえにいくとき、彼はいつだってニコニコしていた。テストの成績が悪かったり、親と揉めたりなんかすると、しょげたような顔も見せるが、次の瞬間には笑っていた。子どもって箸が転げたら笑うけれど、きっと紅蓮も笑う。そしてつられて周囲も笑う。きっと彼の目を通して見てみれは、人生のなにもかもがきらきらと輝いている。彼が発する幸福オーラで、まわりの人々まで幸福になる、まるでおひさまのような存在――つまるところ、僕とは正反対の人物。  悩んでたって言うんだろうか。こんなに付き合いの長い友人の僕にも言えないくらい、一人で?

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