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1・不幸な僕と君のしあわせ-4
居酒屋を出ると雨が降っていた。
案の定傘も取られていた。
「ツイてないなあ」
「まあまあ。一本もありゃいいじゃないか、同じところに帰るんだから」
紅蓮の差したビニル傘に入れてもらう。成人男性二人、それも紅蓮が相当デカいのでかなり見苦しい有様だったが、半身しとど濡れながら紅蓮は楽しげにしていた。連れ添いが僕じゃなかったらきっと雨も降らなかったろうに、巻き添えになって可哀想なことだ。
ゲイに生まれるって、きっと悩んだりもするんだろうし、不幸なことなんじゃなかろうか。失礼だと思いながらも、となりあって歩いているとなんとなく想像を巡らせてしまう。彼自身ゲイに生まれたことを悩んでいるとは限らないし、不幸だと思ったこともないかもしれない。ただ、ただもし、紅蓮が自分を不幸な星の元に生まれたと考えていると仮定して――不思議なのは、それでも彼が、こうして毎日を愉快に、幸福そうに過ごせていること。
日々不幸が舞い込んでくるとして、不幸な目に遭い続けるとして、それでも尚ニコニコ笑って暮らすというのは、当事者として、ちょっと真似できない。僕はこの身に火傷跡が出来てから、特に昔は大好きだった父親が変わり果てた姿でやってきて金をせびるようになってから、心底幸せを感じられた試しがない。僕とは比較にならない辛い思いもしたろうに、隣の男の重たい雨に打たれて笑っているさまと思うと、理解に苦しむというか、正直ちょっと怖いまである。
「冬弥、いいもんやろう」
居酒屋からの帰り道。今日から紅蓮の家へ行く道、ではなく、自宅への帰り道、になるその人っけのない帰路で、少し酔っぱらった様子の紅蓮がそんなことを言いはじめた。
「……何」
「手ぇ出して」
「帰ってからじゃだめなのか」
「恥ずかしいだろォ明るい場所じゃ」
何が恥ずかしいんだよ。差し出した手のひらに、しゃりん、と固いものを落とされた。
ペンダントだった。ゴールドチェーンに、親指の先ほどのやや大ぶりなチャームが吊り下がっている。半円の丸っこいフォルムに、模様が彫られているのを街灯にかざしてみる。
……テントウムシだ。ナナホシテントウのペンダント。
「それ見たとき、なんかお前のことを思い出したんだよ」
へらへらと笑っている。裸でポケットに突っ込んでいたようだし作りもチープだ、高いものじゃないだろう。ゲイだと告白された日に高級なアクセサリーをプレゼントされたら他意はなくとも身構えてしまうので、むしろチープでよかったけれど。
「なんとなくノリで買っちまった」
「こちとら手土産も持ってこなかったのに」
「まあ、新生活へのはなむけがてら、これからよろしくってことで」
金色の鞘翅がしとしと光に濡れて光る。まるで夜空からお星様がひとつ間違えて落っこちてきたみたいに。
いかにも吉兆めいたその輝きは、彼に内在する幸福のお裾分けにも思われた。
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