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2・ルームシェア-3

 こうやって網戸越しに話をするのが、この頃なんとなく好きだった。僕は人と話をするとき手元へ目を落としてしまう癖がある。面と向かって会話すると、目が合って気まずいしどこを見ていいものやら分からなくて、心まで右往左往とする。でも網戸越しなら、顔を見ていても、あんまり目が合う感じがしないので、見ていられる。  一緒に暮らしはじめて気づいたのだけど、紅蓮の顔って、なんだか不思議だ。  きらきらと笑う顔と、がははと笑う大きな声。眩しすぎるし騒々しすぎる、なのに、見てると癒やされる。イケメンだからってだけでもない、まるでかわいいモルモットを眺めてるみたいに、ほっとして、ちょっと優しい気持ちになる。  こうやって、網戸越しに眺めてるだけで、幸せをお裾分けしてもらってる。紅蓮はそこにいるだけで僕をちょっと幸せにする。……言い過ぎか。 「煙草って、おいしい?」 「ん?」  彼はうまそうに一服してから、微笑んで問い返す。 「吸ったことないんだっけか」 「うん」 「真面目だなあ。吸ってみるか?」  白い箱をちらつかせてくる。僕は首を振って断る。隣に立って吸うよりも、網戸の向こうで紅蓮が吸ってるのを見てる方が眼福だ。  紅蓮はにっと笑って、それからこんなことを言った。 「冬弥、アレ、どうしてる。テントウムシ」  弾むような声。脈略がなさすぎて、なんだっけ、と一瞬思って、すぐ思い出した。ペンダントだ。ナナホシテントウの、あの金ぴかの。 「トランクの中」他にしまう場所がないので。 「幸運のお守りって書いてあったぞ。身につけといた方がいいんじゃないか?」  まさか本当に使うことを想定して買ってくれていたとは思わなくて、僕はちょっと驚いた。明らかに僕の趣味ではないしまして紅蓮の趣味でもない、プレゼントなんて十年以上の付き合いで貰ったことがあっただろうか? どういう風の吹き回しだろう。 「つけてればドンジャラ勝てる?」 「おうとも」 「じゃあ、つける」  かわいいやつ、と笑われて、彼はふいと目を逸らした。  長く息を吹く。ぬるい夜風が、紫煙を夜空にゆるゆると流していく。ドンジャラを箱の中にキチンと片付けて、すっかりぬるくなったチューハイの残りを一気に喉に流しこむ。かあ、と胸の焼ける感覚がする。僕は酒が弱い。彼は酒に強い。ここだって正反対。僕は紅蓮の色んなとこに、いつも少し憧れて、いつも少し羨んでいる。 「でも、紅蓮はテントウムシ持ってないのにドンジャラ勝てるから、いいよな」  独り言のような僕の声を、ベランダで耳聡く聞き取ったらしい。彼はふと目を伏せて笑った。 「俺にはもうとまってるからな」  赤い火を柔く明滅させるその横顔が、妙に遠く、大人びて見える。  大人びた顔って言うのは、こう、ちょっと諦めたような顔だ。 「……え?」

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