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3・聖母の鳥-2
ニジュウヤホシテントウは、テントウムシとしては珍しい草食性のテントウムシだ。草食性って言うとおとなしくって人畜無害なイメージがわくけど、畑ではそうじゃない。ジャガイモやナスの葉や実を食い荒らし、商品価値を下げ、収量を低下させるのは、全部草食昆虫だ。つまり、ニジュウヤホシテントウは立派な『害虫』だ。それも、重要害虫とまで呼ばれるほどの、厄介極まりない存在。
理不尽だよな、とたまに思う。草を食って生きることを選んだだけで、益虫から一転害虫呼ばわりなんて。『テントウムシダマシ』なんて俗称で呼ばれていたりもする、彼らもれっきとしたテントウムシなのに。方や天使だの神様だのちやほやされて、方や偽物、犯罪者だ。
ニジュウヤホシテントウは害虫だ。だから多分、幸運は運ばない。ナナホシテントウが益虫だから吉兆だと言うのなら、『テントウムシダマシ』は明らかに凶兆ということになる。
(……でも、この程度の厄介くらいなら)
原付が壊れ、教授に捕まって雑用を押し付けられ、結果自分のやるべきことが滞って帰りが遅くなることくらいは。
日常茶飯事だ。特別なことじゃない。幸運ではないが、さして不運とも言えない。
顕微鏡とシャーレと死骸をデスク脇に寄せ、同じデスクで飯を食いつつ、首にぶら下げてシャツの中に入れていたものを引っ張り出してみる。ぴかぴかと安っぽい輝きを放つ、金色のテントウムシのペンダント。
――幸運のお守りって書いてあったぞ。
そうと信じられるのは、あいつが幸運にもう守られてるからだ。だから天真爛漫でいられる、残念だが僕はそうじゃない。数百円程度のお守りでみんな幸せになれるなら、この世はもっと生きやすいはずだ。
でも、――幸運を運んでくれるとまではいかなくても、ペンダントの幸運パワーと僕の不幸パワーが相殺しあって、結果として普通になる、くらいのことは、もしかしたらあるかもしれない。
くだらないとは思いつつも、どこかで期待している自分がいる。不思議だった。こんな子供だましみたいなことを信じているわけないし、御祓いも心霊現象も全く楽しめないたちだ。アクセサリーショップにこれが並んでいるのを見ても、ちっともなびかなかったろう。けれど、このペンダントの向こうに、あの幸運な男の顔が透けて見えるとなれば、何の変哲もないペンダントがいかにもありがたく思われてくる。
(……ちょっとは幸せになれるかな)
こんなものに縋るなんて馬鹿げてる、けれどペンダントを眺めているだけで、僕は実際ちょっとだけ幸せな気持ちになった。
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