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3・聖母の鳥-3

「あれ、若宮くんだけ?」  誰もいないと思っていたゼミ室で声を掛けられて、米を詰まらせそうになった。  細身の今どきのイケメンが、肩越しに僕の手元を覗いている。隣の研究室の西田だった。増野と仲が良くてよく話しに来ている、僕とは顔なじみ程度であまり絡みがないけれど。どうせ増野を探しに来たんだろうと思ったら案の定居場所を訊かれた。 「カレー食うって言ってたけど」 「なんだよ誘ってくれればいいのにー」  二十代にもなって頬をふくらす仕草が許されるのだからイケメンは役得だ。  増野にかまいたがる西田と、それを厄介がってあしらう増野。西田の手綱を握っている増野が本気で嫌がってはいないところを含めて、理学部棟では定番の光景になっている。僕はもちろん、少し離れた位置で二人のやりとりを笑っているだけの日陰者。 「若宮くんは弁当かあ、いつも偉いよね。俺も見習わないと」 「詰めてるだけだよ」 「じゃあ俺のも作ってきてくれる?」  なんでだよ、と笑う。西田もにこにこ笑っているが、こういう甘え上手な感じだから女も途切れないって聞いた。顔も綺麗目で女みたいだし、そりゃモテるんだろう。紅蓮もこういう可愛い系の男を抱いたりするのだろうか。一瞬想像し、後悔して、すぐに頭から追い払った。  手のひらの上に乗ってるものへふと目をやる。金色のテントウムシの向こうに透けて見えるあいつの顔。そういえばあいつの好みのタイプって、結局聞いたことないな。 「それ、なに?」  西田が指をさしてくる。一瞥し、再度テントウムシに目を戻して、まあ正直に言うしかないよな、と思った。 「貰い物」 「へー、かわいいね。誰がくれたの? 甥っ子さんとか?」  育ての親である叔母のところにもうひとり小学生の養子がいて、僕はその子を甥と呼んでいる。それはさておき、アクセサリーに疎い僕でもチープだと思うこのテントウムシ、人が見れば小学生の小遣いで買うようなものに見えるらしい。それを照れながら渡してきたあの社会人の可愛げを思うと、呆れすぎて、頬が緩みそうになる。 「一緒に棲んでる奴がくれたんだ」 「え、若宮くんって同棲してたの? てか彼女いたんだ、意外」 「失礼な」  まあ確かにできたことすらないけれど。 「男だよ。友達」 「あー男なのね。……男?」  訝った顔で、あらためて僕の手の中のテントウムシを覗き込んでくる。なんだか恥ずかしくなってきて、僕はそれをシャツの内側に戻した。 「普通、男がそんなものくれる? なんか、なんて言うか……」  西田はやや言い淀んで、周囲に人がいないことを確かめてから、僕にこう耳打ちをした。 「その人、もしかして、そっち系の人なんじゃ……」

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