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3・聖母の鳥-4
「その人、もしかして、そっち系の人なんじゃ……」
――ああ、俺、実はゲイなんだ。
いつも通りの調子で打ち明け話をしてきた、あの居酒屋での横顔が目に浮かぶ。
隠さなければならない、と瞬間的に思った。だからバァカと返して僕は笑った。でも、どうして? どうして隠さなければならなかったのだろう。紅蓮は何か悪いことをしたのか? 誤魔化さなきゃいけないようなことなのか? ――ああ、あいつ、馬鹿みたいに笑いながらいつもこんな葛藤の中にいたんだ。ちくちくと胸に突き刺さる。自分の乾いた笑い声は、あの優しい同居人への、ひどい裏切り行為のようで。
何か困ったことになったら相談に乗るから、と言って西田は去っていった。困ったことってなんだろう。紅蓮がゲイだと言うだけで、他人の僕が、何を困ると言うのだろう。
西田が人に話でもしたら変な噂になりそうだ。厄介なことになりたくなくて、ペンダントを外した。厄介なことってなんだ? せっかくもらった幸運のお守りを、僕は恥ずかしがってるのか? ――やることなすこと、ぐるぐる回る思考の何もかもが、自分への嫌悪感となって跳ね返ってくる。
ほら。だから、ろくなことがない。
手の中の金ぴかを、リュックの奥底に突っ込んだ。
*
アパートの駐輪場に原付を滑り込ませたあたりで、しとしとと雨が降りはじめた。
陰惨な僕の気分をまるで映したような雨。けど僕にしちゃ運が良かった、家についてから降り出したから。鉄骨の階段をカンカンとあがる。ドアノブを握るとその冷たさに身震いした。秋を通り越して急に冬の気配を感じさせるような雨模様だ。僕は寒いのは嫌いだ。熱い方が得意ってのもあるし、人恋しい気持ちになるのもなんとなく苦手。冬になると、自分に家族がいなかったことへ思いを馳せそうになってしまう。
がらんとした薄暗い部屋。紅蓮がいないと広い部屋だ。トランクの上へリュックを投げ、ベランダへ直行する。
洗濯物を取り込みに急いでベランダに出ると、雨はいよいよ強さを増していた。ざあざあと大粒を降らせる雲は西から東までどんよりと分厚く、日が暮れるのこんなに早くなってたっけ、と思わせる。
自分のよりうんと大きいシャツを取り込みながら、気づいたら同居人のこと考えてる。ゲイの同居人。困ったことなんて、ちっとも起こらない。西田に言ってやればよかった、そっち系の人だったらなんなんだって。ムカムカした気持ちも、紅蓮のこと考えてたら、自然と薄らいでいく。あいつ、ずっと夏みたいな格好で仕事に行ってる。筋量が多いから寒くないんだなんておどけていたけど、外回りの仕事をしてるから今日はきっと寒がってるだろうな。晩飯は暖まるやつにしてやろう。
服装の心配なんかして、まるで母親みたい、と苦笑する。僕には母親らしい人はいなかったのに、人の母親にはなってるなんてお笑い草だ。
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