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3・聖母の鳥-5

 ルームシェア生活において、家事はほぼすべて僕の担当。掃除、洗濯、炊事。家政婦と雇い主ってくらい、僕がなんでもする。紅蓮は風呂を洗ってくれるくらいで、他のことはなんにもしない。出来ないという方が正しい。てきぱき家事をこなす僕を見て紅蓮が手伝いたがるのは、さながら子供のままごとみたいだ。手際が悪いどころか汚すばかりでびっくりするので、手を出してもらわない方がはやい。だからもう僕の思うままにさせてもらっている。いままでどうやって一人暮らししてたんだって気になるほど、紅蓮の生活力のなさはちょっと衝撃的だ。  ――え、もう洗濯物畳んだのか? 速すぎる……しかも売り物みたいだぞ。  できて当然で誰にも褒められないことを、冗談みたいに褒められるのは、まあ、悪い気はしない。  ――何作ってもうまいじゃないか。金が取れるな。こんなうまいもの毎日食えるなんて夢みたいだ……  大袈裟な褒め言葉を迫真の勢いで伝えてくるのも、別に嫌ではない。  ――あそうだ、排水溝掃除してくれてたろ。ありがとな! でも、あんま働きすぎるなよ。  適度に労りながらめちゃくちゃ感謝されるので、ちょっとやりがいも感じている。「冬弥と暮らしはじめて俺のIQがあがった」と何度か喜んでくれた。多分QOLがあがったと言いたかったのだと思う。  あとから返すつもりではいるけど、今はろくに家賃も払えていない。ルームシェアを名乗るのもおこがましい寄生虫みたいなものだ。家事くらい、しなきゃばちがあたる。もしも紅蓮が家事もバッチリの完璧男で、家事すらさせてもらえなければ、僕は肩身が狭すぎてぺしゃんこに潰れていたかもしれない。他人の家にいて居心地がいいのは、紅蓮が極めてテキトーの大雑把だったからだ。  そう、でも、洗濯物を抱えて戻った部屋を見渡して、思う。――居心地が悪くない、だけじゃない。  居心地は、不思議と、良いのだった。  決して広くはない部屋。片付けるそばから散らかすからいつもちょっと雑然としている机の上、僕がちゃんと畳んで入れてやらないとすぐぐちゃぐちゃにする収納ケース。テレビの前のゲーム機が山ほどある棚が埃っているのでハンディモップをかけないと。紅蓮が家を出てから毎朝整えているベット(ホテルみたいだって喜んでくれる)のとなりに、僕のトランク。その脇に丸めて置いてあるのは、寝袋だ。布団も安くはないし、買ってやるとは言われたけどさすがに申し訳ないので、ゼミの先輩から昔もらった寝袋を使っている。  寝れなくなるだろうなと当然思っていた、僕は元から眠りが浅くて旅行先のベットでは寝られないし、悩みがあるとすぐ寝られなくなるし物音で目が覚めてしまうたちだ。  なのに今、狭量で神経質なこの僕が、寝心地の悪い寝袋で、大いびきをかく男のそばで、ぐっすりと快眠できている。それこそ、一人暮らしのときあんなに不眠に悩まされていたのが嘘みたいに、まだ実家で父さんや母さんと一緒に寝ていた子供の頃みたいに、すやすやと。  家族、という言葉が、また頭を掠める。思い上がりすぎだな。ずっと紅蓮の経済力に甘えていられるわけがない。  凍えて帰ってく来るだろうし何か温かいものを作ろう。鍋がいいかな。そういえば土鍋があったな、と手をすり合わせながら台所へ向かう。なんだかこの頃僕の世界は紅蓮を中心に回っているみたいだ、一緒に住んでるんだから当然か、なんて考えつつしゃがみこんで戸棚を開け、ふと、その先の玄関へ目を向けた。  傘立てにビニル傘が一本、差しっぱなしになっている。

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