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4・境界線-1

 じっ、と横の人物が、僕の手元ばかり見つめている。 「なんだよさっきから」 「いや、穴は開くのに見事にリーチにならんなと思って」  穴ぼこのビンゴカードを指さしへらへら笑っている紅蓮。司会進行がまたビンゴマシンを回しはじめる。数字を読み上げられる。55。僕のカードにも数字がある、穴があく、なのにリーチには至らない。 「ほら、また」  紅蓮がうれしそうにしている。他人の不幸を笑うんじゃない。これだけ穴が開いてリーチにならない方が珍しい、いっそ景品をもらうべきだ。   老若男女大勢の人、手作り感のあふれる屋台、バルーンアートのアーケード。見慣れた大学の光景が華やいで浮ついている非日常感。そこに紅蓮がいるんだから、なおさら変な感じだ。  大学祭に来たいと言い出したのは紅蓮だった。僕はこの大学での学祭はもう五回目になるし、正直学部一年生のときに期待を裏切られたっきり参加したこともない。そのときもあまり展示を見て回ったわけではないので何をしているのかもよく知らない。  ――何がなくてもいいんだ。祭り気分を味わうだけで。  当日はゼミの用事があるが空く時間もあると告げると、紅蓮は照れくさそうにこう言った。  ――冬弥の大学も見てみたいし。  かくして、特に有名な芸能人が来るでもない平凡で面白みもない学祭で、男二人、一般のお客さんに交じりつつ、目についたビンゴゲームに参加している。 「でも開くだけマシだよ。穴が開きすらしないビンゴがどれだけつまらないか知らないだろ君は」 「そんなことってあるか?」  紅蓮はとっくの昔にリーチを作って、今や3リーチまで作っている。とはいえ他の参加者は既にビンゴが出始めていて、めぼしい景品はなくなりつつある実情だ。ツイてる男が決め手に欠けているのは、やはり僕と暮らす中でだんだん運に見放されているのだろうか。 「次60だって」 「ないよ60台なんて」 「まあそう拗ねるなよ、ほら、ここが開いたら一気にツーリーチだぞ」  拗ねてはない、と口を尖らせつつ、指さされた場所を確認する。18か。  親に手を引かれる五つか六つくらいの女の子が、景品のお菓子のつめあわせセットを貰って喜んでいる。続々とビンゴ達成者が表れはじめていて、景品ももうほとんど残っていないように見えた。欲しいってわけじゃないが、ビンゴが終了する前に、せめてリーチくらいは作りたい。  がらがらがら、とビンゴマシンが回りはじめる。じゅうはち、じゅうはち! と隣で紅蓮が念じた。紅蓮はビンゴが掛かってるのだろうか。いや、チラ見したカードの中には18がないので、僕のリーチを念じている。  ころりと白い玉が飛び出して、司会の声がマイク越しに響く。 『18!』 「あっ!」  紅蓮が大声をあげたので、周りの人がビンゴが出たかとこちらへ振り向いた。リーチごときで喜んで恥ずかしい。流石の紅蓮も音量を抑えた、それでも喜んでくれることは忘れない。 「やったっ、ツーリーチだぞ冬弥っ」 「分かってるよ」 「次の数字は、6か39だな」  もはや僕のカードしか見ていないじゃないか。変な奴、と思いつつ、紅蓮のカードを仕返しに覗き込んだ。 「君の待ってる数字は?」 「ん? えーと」  1、40、55…… 「あれ、55ってさっき出てただろ」 「え!」  紅蓮が慌ててステージのホワイトボードを確認する。確かに55の記載がある。 「あっ! び、ビンゴ!」  大男が大声をあげ高々と挙手して走り出したもので、会場からは笑い声が聞こえたし、僕も笑ってしまった。変なやつ。僕のカードばっかり見てるからだ。……僕のカードばかり見てるから。

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