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4・境界線-2
焼きそば、射的、なんて祭りらしい出店から、学生の弁論大会、サークルパフォーマンス、女装ミスコンなんていかにも暇な大学生らしい催しだ。縁がなさすぎて、こんなことをしているなんて院生になるまで知らなかった。適当な奴に投票したら冬弥はこういうグラマーなタイプが趣味なんだなとからかわれた。紅蓮が投票していたのは、普通にスレンダーな清楚系美女だった。そういえば結局紅蓮の好みのタイプって聞いたことなかったな、と思いつつ、清楚系美女の写真をよく見てみると、あの西田だった。元が美形だから女装もよく似合ってる。
「いいなあ、楽しいなあ、学祭」
ビンゴでもらったうまい棒を食いながら、理学部棟へ向けて歩いていく。身を反らすようにげらげら笑ってる学生軍団とすれ違うと、学生は力が有り余ってて凄いな、と彼は苦笑いするが、はしゃぎっぷりを見ていると紅蓮も結構似たようなものだ。
学祭の一本ネジの緩んだ感じが昔から好きなのだそうだ。学生時代は数多くの友人を引き連れて学祭を回っていたらしい。どこの学祭に行ったことあるの、と問うと、指折り出された名前で近辺の大学短大は八割がた網羅していた。
「ここは来たことなかったからな、冬弥のお陰で制覇率が上がった」
「どこも似たような感じじゃないの」
「まあな」
紅蓮は苦笑し、ついとこちらへ視線を落とし、
「でも、お前と……」
目を細めながら、言いかけて、はっ、とその目を見開いた。
「いやっなんでもないっ」
顔を逸らされる。あっ、あれが冬弥の通ってる棟か? と大袈裟に指を指してみる。紅蓮はいつも分かりやすいが、照れているときが一番分かりやすいのだった。
流行りのポップスが大音響で流れるスピーカーの横を通り過ぎる。アップテンポなリズムに合わせるようにして、とく、とく、と鼓動が早まっていくのを感じる。
(紅蓮は僕のことが好きなんじゃないか)
と、思うことが、最近はよくある。こうやって照れて顔を逸らされるようなことがあると、そのたびに証拠を見つけた気持ちになる。不意に手が触れ合うと、へへ、と恥ずかしげに触れた部分をさするところ。酔いが回りすぎた日に残り飲んでくれと缶チューハイを差し出すと、口をつけるのにちょっと躊躇するところ。酔いつぶれていると、そっと毛布をかけたあと、ふわふわの子猫にするような手つきでおそるおそる頭を撫でてくるところ。面と向かって目を合わせると視線を右往左往させだしたときは、もしかして嫌われたのかと思った。けれど、彼がベランダで煙草を吸っているとき、僕が網戸越しに目を見て話ができるときは、紅蓮も目を見て嬉しそうに話をしてくれた。
そうだとして、分からないのは、紅蓮が僕の何を好きになるのかってとこだ。
――でも、お前と……。
お前と、学祭を回ってみたかったから? こんなに根暗で卑屈で、隣にいても祭り気分を盛り下げるだけだって分かり切ってるようなこの僕と? さっきすれ違った学生の集団みたいな、ぴかぴかした目と心の人たちのほうが、君はきっと楽しめるだろうに。
予感が起こるたびに、きっと自惚れだ、と自分に言い聞かせる。誰かが僕を好きになるなんてありえない、まして紅蓮みたいな魅力ばかりの人間には、もっと相応しい人がたくさんいるんだ。――そういえば紅蓮はあまり僕を置いて遊びにいかない。遊び相手なんかいくらでもいるはずなのに、気にせず出かけていいのにと言うと社会人になってからみんな疎遠になってしまったと言った。関係が続いてるのなんて冬弥くらいだって、仕事と家の往復ばかりだったから、今は毎日楽しいって。
僕だって、今、紅蓮といられて毎日が楽しい。
もし紅蓮が僕を好きなのだとしたら、それは、素直に嬉しいと思った。僕はゲイじゃないから紅蓮の気持ちにはきっと応えられないけれど、僕もゲイだったらよかったのに、と思うくらいには、心が浮つく。……この発想も失礼かな。
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