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5・夜の校舎-1

 秋がきて、いつの間に終わったのか分からない間に、気付けば冬になっていた。 「あっ、当たった!」  コンビニを出がけに声を上げ、スマホ画面を見せてくる。paypayの決済画面。『当選おめでとう』の文字が躍っている。支払額の何割かが戻ってくるというペイペイジャンボとかいうアレだ。 「当たるんだ、それって」 「な。俺も初めて見た」 「相変わらず豪運だな」 「そうか?」  こいつが豪運だと安心する。数か月一緒に暮らしてなお、僕の不幸は移っていないし幸運を吸い取り尽くしてもいないようだ。  紅蓮と暮らしていると、時間の流れが妙に感じる。一日一日は濃密で、穏やかで、賑やかにもゆったりと流れていくのに、カレンダーが捲れるのはあっという間。十一月にある紅蓮の誕生日が過ぎて、十二月にある僕の誕生日も過ぎた。ケーキを買ってワインも買って、二人でささやかなパーティをした。友人同士の月並みなそれだが、楽しかったし、幸せだった。  十二月も年末に差し掛かり、もう年の瀬と言える頃合いになりつつある。年を越して春が来て、僕は大学院二年生になり、そのあとは、多分、就職だ。  僕と紅蓮が一緒に暮らしているのは、僕が学生で、僕に稼ぎがないからだった。だから、僕が就職して金を稼ぐようになれば、ルームシェアをする必要性はなくなる。もちろん『卒業して就職するまで』と言うのは僕の都合にすぎなくて、紅蓮がもう嫌だ言えば、それまでだ。  瞬く間に過ぎていく時を実感するごとに、最近思うようになった。いつまでこうしていられるのだろうと。この時間が楽しいからこそ、いつか訪れる終わりを見越して身構えてしまう。それは一年以上先かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。 「お前だって、じきにいいことがあるよ」  酒のつまみに買ったはずの焼き鳥を早速食いながら、紅蓮は楽しげに帰路を歩く。僕はいつまで、こうして、君の隣を歩けるだろう、君と隣を歩くこの道を帰路と呼ぶことができるだろう。 「だってホラ、お前にはテントウムシがとまってるじゃないか」  おどけたように言う彼があのペンダントのことを指しているのだと、すぐに理解した。学祭で話題に持ち出されたあのときから、僕もずっと考えていた。あの幸運のペンダント、一体どこにやったのだろう。  西田に指摘されたあと、通学に使っているリュックの底に突っ込んだのは覚えている。だけど、何度ひっくり返しても、あの金色のぴかぴかが出てこない。  言葉を濁していると、どうやら察してしまったらしい。いいんだいいんだ、と紅蓮は手を振った。 「ああいうのはな、身に着けていなくても効果を発揮するんだよ」  どこにいったか分からなくなった、とは、気の置けない友人と言え流石に伝えづらいものがあった。  びゅうびゅうと北風が吹きつける。二人肩を縮めて歩いた。こりゃホワイトクリスマスかもしれんな、と紅蓮が言う。僕には縁遠いその行事は、もう二日後に迫っている。 「クリスマスは大学だろ」 「うん。そっちも仕事だろ?」 「俺、クリスマスが仕事納め」 「ああそうか」 「年末年始はどうするんだ? おばさんとこ帰るのか」  育ての親である叔母の家には、よく顔を見せには行くが、泊まりで帰るようなことはない。小学四年生の頃から高校卒業まで育ててくれた大切な叔母だが、泊まりがけで帰る『迷惑』はかけられないと思っている。 「大掃除手伝いにいくのと、正月に顔見せるくらいなんだ。毎年」 「じゃー男二人で年越しだなー」  紅蓮は白い息を吐きながら言った。鼻先と頬が寒さで赤く染まっていて、笑顔がなんだか子供っぽく見える。 「何する? 冬弥は大晦日何見るんだ?」 「ガキ使かな」 「俺はK1」 「紅白も見る」 「じゃ、間を取ってスマブラでどうだ」  どこが間なんだよ。笑うと、僕も白い息。幸福に白い色がついて溢れ出ているように見えた。 「楽しみだなあ」  紅蓮のほくほくとした顔から、白い息が何度も流れる。  君、僕といて楽しいのか? ――卑屈は呑み込んだ。誤解でもいい、ここに僕の居場所があるのだと、今は勘違いしておこう。ひとまず、大晦日までは、ルームシェアを継続してくれると言っているようなものなのだから。 「――あ、年末ジャンボ!」  車道の向こう側を指さして、紅蓮が突然叫んだ。 「買おう!」  くるりとターンし、通りすぎた横断歩道へと向かっていく。雑念を振り払うように僕も身を返して、大きな背中を追いかけた。余計なことを考えている間に、幸せに翅が生えて飛んでいってしまっては困る。

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