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8・年の瀬-2

 僕の心配をよそに紅蓮は、ぴた、と銃の照準を合わせるみたいに、尻穴に先っぽをくっつけた。 「……っ」  相性悪かったらどうしよう。  幻滅されて捨てられやしないだろうか。  興奮のドキドキよりも、緊張のドキドキが勝って、身も心も縮こまってしまう。 「……足、もうちょっと開けるか?」  紅蓮の両手が、僕の両膝にかけられて、それを横へ押し広げる。無理にはしないけど、早く挿れたい、抱きたい、って気持ちが、汗ばんだ手の熱さから伝わってくる。ぐ、ぐ、ぐ。足をM字に開かれるのが、なんだか、なんだか、猛烈に恥ずかしくなってきて、 「て、て、」 「ん、痛いか?」 「てっテントウムシって」  気付けば僕は口走っていた。 「こういう気持ちだったのかな、って、ふと……思っ……」  きょとんとしている。当たり前だ。 「テントウムシ?」 「標本、標本をつくるとき、無理矢理足をひらかせるから」  僕は両手で顔を覆った。  恥ずかしすぎて消えてしまいたい。 「虫って死ぬと足が縮こまるから標本にするとき足を広げさせるんだ。ちょうどこんなふうに」  ちょうどこんなふうではないが、紅蓮が手をかけている膝を僕は指さした。 「標本にする虫は基本毒ガスで〆るだろ。そのとき一般的には酢酸エチルを使って〆るんだけど、テントウムシみたいな色が鮮やかな虫は酢酸エチルを使うと鞘翅の色が落ちてくすんでしまう。だから亜硫酸ガスを使って〆る」 「しめるって?」 「殺すってこと」  オタク特有の早口、ってやつでのウンチク披露に、紅蓮が目をぱちぱちさせる。 「ただし亜硫酸ガスは厄介なところがひとつあって、何かと言うと関節が軟化しないんだ。酢酸エチルで〆た虫は関節が軟化するから簡単に脚を開かせられるんだけど、テントウムシだとそうはいかない」 「開かないんだな、脚が」 「そうなんだ」 「大変なんだな」 「そう、それでつまり、何か言いたいかというとだな」  集中が逸れて力が抜けていた紅蓮の手が置かれた膝を、ちょっとずつ、ちょっとずつ、内側へと閉じながら、 「僕は体が固……固いってことで……」  言うが早いか、ぐい、と押し戻された。  ベッドの上で股をおっ広げさせられている僕。  紅蓮は慈愛に満ちた目で僕のことを見つめている。  だめだ。耳まで真っ赤なのが見なくても分かる。 「……怖いか? 怖いなら、無理にしなくてもいいんだぞ」 「ごめん怖くはないんだ怖くはないんだけどちょっと恥ずかしいだけで」 「恥ずかしがってるとこ、かわいいよな、お前」  えへへ、と紅蓮はとろけたチーズみたいな声で笑うのに、その目は完全に好物を追い詰めた狩人のそれというギャップで脳が混乱する。 「うん、かわいい。すごくかわいい。ずっと見ていられる」 「……見るな、馬鹿」  手近に置いてあった枕でばふっ、と顔を隠すと、あはは、と笑い声が降ってくる。甘くて、とんでもなく優しくて、子供のやることを見守ってるみたいな、欲情のかけらも感じさせない声。  けれど。  先ほどから僕の尻にぴったりと添えられていた熱くて固い先っぽが、ぐ……と僕の内側へ、わずかに力を込めてくると。  彼の欲望のかたまりが、全部、僕以外のなにものでもないものに向けられていることを実感して、上手に息も吸えなくなる。 「……ぐれ、ん」 「ん」 「……挿れて」 「分かった」  痛かったら言えよ、と柔らかい手つきで僕の汗ばんだ髪を撫で、それから、両手で僕の腰を掴んだ。  ぴり、と痛みが走ったのは、ほんの一瞬で。  まるで僕の体のほうが、紅蓮の体を招き受け入れているみたいに。ぴったりと吸い付いているナカが紅蓮のかたちをはっきりと感じる、それがゆっくり、けれど確実に、奥へ進んでくる感覚も。 「……、は、ぁ……っ」  指とはまるで比較にならない異物感、圧迫感。でもそれを上回るほど、激しく掻き回されるのとは異次元の、全身を吞み込まれるような快感。苦しい、気持ちいい、頭が、くらくらする。思わずこぼれてしまう声を枕に吸わせる、くぐもった僕の声の向こうに、く、と一瞬、紅蓮の声が聞こえた。  紅蓮は、紅蓮はどうだろう。  僕のナカはどうだろう。確認しないと。でも、もし、もしそんなに具合が良くなかったら、 「……冬弥、」  吐息のような、ねだるような甘えるような声に、名前を呼ばれて。おそるおそる顔を出せば。  少し眉間にしわを寄せた恋人は、眉を下げ、紅潮した顔で蕩けた笑い方をして、欲情を隠しもしない声で。 「すごい、お前のナカ、気持ちよくて……もっと、挿れたい、奥まで……っ、ごめんな、ゆっくりしてやりたいのに。痛くないか? 大丈夫か?」  荒い息の合間に漏れてくる途切れ途切れの言葉が、耳に届くたびに、僕の理性まで、ひとつずつ、どろどろに溶けていく。  恥ずかしい格好でひろげさせられていた脚を、ぎゅ、と閉じてみる。紅蓮の体の後ろで組んで、ぎゅう、と彼の腰を、僕の腰にもっと抱き寄せるように、深く絡みつくように。 「……うん」  顔を押しつけた枕にか細く聞かせるのが精一杯だった。優しさの裏に、獰猛な欲望をぎらりとちらつかせて、紅蓮が舌なめずりをした。

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