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9・愛してくれよレディ・バードー1
「――あっ、当たった!」
いつだかと同じことを言って、紅蓮がスマホ画面を見せてくる。ペイペイジャンボの決済画面。当選おめでとうの文字が華やかに躍っている。一緒にいて同じような過ごし方してるのに、どうしてこいつだけツイてるんだ。試しに僕も自分の画面を見てみたが、当然何の変哲もなかった。
「なんか、不公平だなあ世の中」
「なんで」
「君ばっかりいいことがあって」
コンビニで買った年越しそばとコンドームをぶら下げて、セックス三昧でけだるい体をダッフルとダウンコートに包んで、ぶらぶらと歩く大晦日の夕暮れ。
年末に特大寒波が押し寄せるってなんだか毎年恒例のような気がする。きっとぽかぽか陽気の大晦日正月もあったんだろうに、大寒波って騒いでるのばっか記憶に残るから、年末寒波は毎年恒例なんてイメージがついてるのだろう。北風は僕らにまとわりついてる情事の残り香を吹き飛ばしてくれてるだろうか。
「俺だって、いっぱい使ってるけど当たったの二回目だぞ」
「二回も当たってりゃ十分だろ」
ということは、紅蓮がペイペイジャンボに当選した二回とも、一緒にいたのは僕だったということになる。そう思うとちょっと得意な気分になれた。
「冬弥と一緒にいるときは、不思議と当たるんだよなあ、こういうの」
しみじみとした呟きに、はたと顔をあげた。
マフラーに顎を埋める紅蓮は、ほこほことした笑顔をしている。
「……そうなの?」
「そうだよ。冬弥と一緒にいるとビンゴも開くし、桃鉄の出目も最高だし、吹雪もハサミギロチンも当たるんだ」
――俺にはもうとまってるからな。
ずいぶん前、テントウムシの話をしたときの、紅蓮の言葉をふと思い出す。
あれは。あれは、あれは――もしかして、僕の――とくん、とくん、と高鳴りはじめた心臓が、確認を思いとどまらせる。金色のテントウムシのペンダント。これ見てお前を思い出してさ、と紅蓮は照れくさそうに言った。冬弥はてっきり紅蓮が冬弥の研究対象がテントウムシだって知っていたからだと思っていた。確かに知っていたかもしれない、もしかしたら話していたかもしれない、でも、もしかしたら、それだけじゃなくって。
「お前が俺のこと好きになってくれればいいのにな、って、ずっと思ってた」
せわしなく歩き去る人々の波から離れた頃、藍色に溶けていく今年最後の夕暮れに見合う深い声で、不意に紅蓮が呟いた。
「到底叶わない夢だって思ってたけどな。他人の不幸を喜んでるみたいで悪いが、ルームシェアできるって決まったときは正直かなり浮かれてた。でも、ルームシェアは期間限定だろ。恋人になれば、もっとずっと一緒にいられるのにって」
斜陽の残光を吸った蜂蜜のような瞳が、柔らかく、幸せそうに目尻を下げる。
「ツイてるよな、俺。本当に恋人になれるなんて」
人気の少なくなった道で、どちらともなく手を絡める。なるだけゆっくり、せわしないはずの大晦日の暮れを味わうように噛み締めるように、のんびりぶらぶらと歩いて帰った。
紅白を見て、K1も見て、約束だったのでスマブラもしよう。誰かと一緒に年を越せるってこんなに幸せなことだったろうか。ああ、僕はこんなに幸せになったのだ。僕は幸せになってもいいんだ。
家の戸を開けると、むわりと生臭い匂いが流れ出てきた。汗と精液の混じったなんとも言えない濃い匂い。
「窓を開けて出ればよかった」
と言うと、紅蓮は笑って、
「嗅ぐだけで勃ちそうだ」
ドアを閉めつつ堂々と言った。せめて閉めきってから言ってくれ。
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