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第11話 アキラの正体

 階段を上ってくる足音が聞こえ、由紀の部屋のドアがパタリと閉まる。  自室で待ち構えていた貴樹は、足音を立てずに廊下を進み、閉まったばかりのドアを勢いよく開けた。  中にいた人物が振り向き、裸の上半身を、脱いだばかりのTシャツで隠す。だが、胸元を隠したところで、真っ平らのシルエットまでは隠しようがなかった。  「アサヒなんだろ」  貴樹の落ち着き払った言い方に、少年は胸に当てていたTシャツを投げ捨てた。  「だったら、何」  柴山旭は開き直って、スカートとタイツを脱ぎ、ビキニパンツ一枚になる。  「どうしてアキラちゃんのフリしたんだよ」  「タカちゃんが、僕のこと、全然覚えてないみたいだったから、試してみたの」  「試すって、なあ……。学校にも嘘ついてるってことだろ」  「ウソ? まあ、ある意味ウソになっちゃうのかな……。でも、男だってことは隠してないよ。ただ、名前の欄に『アキラ』ってルビ振っただけ」  兄が旭で、妹が晶。確かに、どちらもアキラと読める。  だが、ルビを偽っているのだから、明らかに故意だ。その上、女子の格好をしているのだからたちが悪い。  「俺たちを騙そうと思ってたんじゃないのか。だから、スカートなんて履いて、化粧までして……。そんなんで、女子とリップクリーム貸し借りするなんて、彼女たちに申し訳ないと思わないのか」  「だからぁ、彼女たちは、僕が男だって知ってるよ。知ってて、皆で楽しんでるの。いいでしょ。鷺ヶ原は服装も化粧も自由なんだから、男がスカート履いて、つけまつ毛したって。それとも何、タカちゃん、風紀委員だったりするわけ? それとも、女子を守る正義の味方? っていうか、何で、リップ貸してるって知ってるの? もしかして、ストーカー?」  「ふざけるなよ。俺は、お前が皆を騙してるのが良くないって……」  「だから、皆って誰だよ。僕が騙したのはタカちゃんだけだよ。それに、アキラだって言って信じたから、ずっとあいつのフリしてただけでさ。他には誰も……」  「俊介は? 俊介も、お前のこと、アキラって呼んでたじゃないか」  誰のためにムキになっているか、自分でも解ってる。その理由も。  他の誰が騙されても構わない。だが、普段なら気にも留めない社会倫理を振りかざしてでも、俊介だけは心ない陰口から守りたい。  いや、それも詭弁だ。  突然現れて、俊介との間に横たわる七十センチの隙間に、難なく入り込んでしまった幼馴染が疎ましかった。晶のフリをして、猫なで声で甘えて、俊介の気を引こうとする旭が許せなかったのだ。  だが、貴樹が躍起になって追い詰めようと、旭はものともしない。  「シュンちゃんも知ってるよ、僕が旭だって。でも、学校ではアキラって呼んでねって頼んだから、そう言ってくれただけ」  「じゃ、じゃあ、どうして告白したんだよ」  声が上ずる。  「どうしてって、好きだからに決まってるでしょ。好きだから傍にいたいし、好きだから部活も応援したい。好きだから、付き合いたい」  旭は、いとも簡単に、俊介への好意を口にした。  「だ、だからって、お前、男なんだぞ」  「そうだよ」  「わざわざ女装までして」  「これは、武装なの」  「何だよ、武装って」  「うーん……、ユニホームのようなもの? ここでの制服って感じかな」  「意味が解んないよ」  「別に、タカちゃんに解ってもらわなくていいよ」  「ああッ? 俺は良くても、俊介は良くないだろ。あんな大勢の前で困らせて」  「ああ、まあね。でも、あれくらいしないと、上手くかわされちゃいそうだったからさ」  「俊介は、今、大会前の大事な時なんだよ。迷惑かけてるって思わないのか」  「なら、あの場で断ってくれればいいじゃない」  「優しいんだよ、俊介は。お前を傷つけたくなかったの」  「だから教室まで行ったんだって、言ってるでしょ。僕は、シュンちゃんのそういうところに付け込んだの。同じ話、繰り返さないでよ」  「なっ……」  追い詰めるつもりが追い込まれる。  「シュンちゃんって、全然変わらないよねえ。懐が深くって、思いやりがあって。僕が女の子の格好してても、何も言わないで昔みたいに接してくれるし、ちゃんとアキラって呼んでくれる。もしかしたら、妹の晶だって言っても良かったかもしれないなあ。ビジュアルは一緒だし、性格だって似てるし、違うのは性別だけだもん」  「何、言って……! それが一番の問題だろう!」  軽口を叩く旭に腹が立った。  だが真剣に怒鳴った貴樹を、旭は鼻で笑った。  「タカちゃんてさあ、できたばっかりの石橋でも叩いて叩いて叩きまくって、それでも危ないからって誰かが渡るの見てるタイプでしょ。ホント、どんだけ自分でハードルつくってるんだよ。男だからダメ。皆の前だからダメ。大会前だからダメ。優しさにつけこんでるからダメ。障害になるようなこと、わざわざ自分で探すことないでしょ」  貴樹にもその程度の自己分析はできる。だが、俊介だけは、どんなにハードルを上げてでも傷つけたくない。少なくとも、自分が傷つけていい存在ではないのだ。  言葉に詰まる貴樹に、旭は尚も打撃を与える。  「本気で好きになっちゃったらさあ、諦める理由を見つける方が難しいんじゃない? 諦められるのは、本気じゃないからだよ」  「か、勝手なこと言うな。もしも……、もしも、相手が受け入れてくれたとしても、そこまでなんだぞ。誰もが恋人として認めてくれるわけじゃない。人に隠れて、コソコソ付き合うんだ。そんなんで、幸せになれるわけないだろ」  「幸せは、人それぞれだからよく解らないけどさ。そこらへんの高校生は、誰かに認めて欲しくて付き合ってるわけじゃないんじゃないの。好きだから一緒にいるだけだと思うけどな」  「だから……それなら、告白なんてしなくても、一緒にいるだけでいいだろ」  「だって、僕だけを見て欲しいんだもん」  旭の声が、甘くなる。  「男同士じゃあ、友情の枠から出られないでしょ。シュンちゃんは人が好いから、誰とでも友達になっちゃうし、ちょっと離れてると、別の奴らとの付き合いの方が優先されちゃう。それに、好きな人ができちゃったら、そっちが一番になるに決まってる。友情なんて、広くて浅くてその場限りだったりするんだよ。僕は、そんなの嫌だ。僕だけを見てもらうには、友情じゃなくて愛情じゃなきゃダメなの」  旭の言葉に、目眩を覚えた。  自分の方が俊介とずっと一緒だったのに……。久しぶりに現れた幼馴染が、一時的に割り込んできただけだと思っていたのに……。  旭の力強い気持ちが貴樹をぶちのめす。  「ずっとレンズだけ向けてても、ダメなんじゃないの」  立ち竦む貴樹を置いて、「風呂、入るね」と、旭はビキニパンツ姿で部屋を出て行った。

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