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第18話 写真に写るもの

 大安吉日の結婚式場は、分刻みでスケジュールが進行していく。  前回と同じ式場で多少の勝手は解ってきたが、殿村からの課題については未だ解決できずにいた。  「被写体の感情に同調して感情の波に一緒に乗ってみたら、もっと良い写真になるんじゃないかな」  殿村はそうアドバイスしてくれたが、結婚式に出席したこともなく、どちらかといえば結婚そのものに懐疑的な貴樹には、難しい課題だった。  タイミングを狙い過ぎるあまり、思うように撮影が進まない。焦れば焦るほど被写体の感情はレンズの中から逃げていった。  「僕、余計なこと言っちゃったみたいだなぁ」  撮影後、事務所でパソコンにアップした写真を見て、殿村は眉根を寄せた。  撮影したカットは前回の三分の一にも満たないうえ、オートで撮ったにも関わらずピントが合っていない写真も幾つかあった。  「貴樹くんは、どんな写真が撮りたいのかな?」  責めている口調でも、突き放している口調でもない。殿村は、より良いアドバイスをしようとしているのだが、貴樹は肝心な質問に即答できない。  「写真ってさ、当たり前だけど、目に見えるものしか写すことができないだろ。そこにいない人物や、そこにない景色を写し出すことはできない。撮影者に見えていないものを画像として残すことはできないし、画像として残らないものは写真を見た人にも見えない。でもね、良い写真は形のないものが見えると、僕は思うんだよね」  貴樹は、キョトンと首を傾げた。  「写真を撮るということは、撮影者の目線が明確になるということだろ。何を見て、どう感じたか。どこにピントが合っているか。人物や物をどんな空間で埋めているか。そこには、撮影者の意思が反映される。良い写真は、撮影者がその時に見て感じた一瞬が確実に画像の中に表れていて、だからこそ見る人の心にも伝わるんだと思うんだ。感動は感動として、嫌悪は嫌悪としてね。僕の場合、ドキュメンタリーで被写体を追ってる時は反射的に撮影してるからほとんど意識してないんだけど、仕上がりを見て自分の感情に気づかされることがあるんだ。だから、こういう商業写真を撮る時はさ、逆に感情をつくって現場を楽しむことにしてるんだよね。メーカーの新商品なら自分が買うつもりで撮影するし、結婚式なら友達を祝うつもりで行くんだよ」  貴樹が撮影した写真にはプラスの感情が写し出されていないのだと、心の奥底を見透かされた気がした。  俊介の写真以外に興味がないのは事実だが、勿論、そんなことが言い訳になるはずもない。  「殿村さん、もう一度、バイトのチャンスをもらえないでしょうか。お願いします」  殿村の質問に答える代わりに、貴樹は挽回のチャンスを願い出た。  「もう一度と言わず、ずっと続けてよ」  殿村は、大きな手で貴樹の両肩を優しく摩った。  「僕はこの仕事、結構気に入ってるんだ。アシスタントは、僕が受ける仕事じゃないって文句言うんだけどね。知らない人の人生の大事な瞬間に立ち会えるなんてそうそうないだろ。だから、貴樹くんもさ、友達の結婚式にでも参加するつもりで楽しんで撮ってよ。気持ちを楽にすると見えてくるものもあるからさ。それで、あのハードルの写真みたいに撮りたいものがあるなら、自分が納得するまで追求すれば良いんじゃないかな。僕は、どっちの写真も見てみたいと思うよ」  殿村の手が触れたところから、体の強張りが解れていく。人の手の温もりが、心までも満たしてくれることを、貴樹は初めて実感していた。何処かやましい気持ちで撮っていた俊介の写真を、もっと追求しても良い写真なのだとお墨付きを貰ったことも少なからず影響しているように思えた。

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