23 / 29

第23話 間違っても

 デートと称して俊介を連れ回した日以降も、旭は貴樹との約束を守って、俊介とは別々に帰ってきていた。  ほぼ毎日、スーパーに寄って冷凍食品を買って来るようで、相変わらず帰りは遅い。貴樹は、アキラだと思っていた時とは違い、もう帰りの心配をすることはなかった。  その日は、貴樹が学校から帰ってきて間もなく、玄関のドアが勢いよく開けられ、乱暴に閉められた。  何事かとリビングから覗くと、旭が泥だらけの格好で靴を脱いでいる。  「どうしたんだ、そのカッコ」  「ざまあみろって、カンジでしょ。タカちゃんの言う通りになってさ」  捨て台詞を吐いて、旭は風呂場に駆け込んだ。訳が解らず追いかけるが、鍵がかけられていてドアが開かない。  「なあ、何があった。話してくれないと解らないよ」  話しかけても返事はない。  シャワーの水が、タイルを叩いて反響する。透かし戸の向こうに、衣服を身につけたままの旭が、小さくなっているのが見える。  急いで旭の部屋に行き、ベッドの上に脱ぎっぱなしになっていたジャージの上下を手に取った。階段を途中まで降りて、下着も必要だろうと探しに戻る。旭の荷物は、持ってきたスーツケース一つと、こっちに来てから買ったらしい数着の洋服だけで、ビキニパンツも難なく探し出せた。  「着替え、脱衣籠の中に入れとくからな」  シャワー音が響き続ける浴室内に声をかけた時、「ごめんください」と、玄関から声がした。  立っていたのは、旭のクラス担任の小畑広道だった。  「柴山くん、帰って来てるかな」  貴樹の顔を見るなり本題に入る。  「何かあったんですか?」  「それを聞きたいんだけど、逃げられてね。追いかけてきたんだよ」  小畑は、玄関に脱ぎ捨てられた泥だらけのローファーを見て、「柴山くん、どこ?」と、貴樹を急かした。  「風呂場に籠ってます。鍵をかけてて、中に入れません」  小畑はチィッとあからさまに舌打ちし、貴樹の案内で風呂場に向かった。  「新堂くんは、ちょっと向こうに行っててくれるかな」  その場から貴樹を遠ざけて、浴室内に向かって叫ぶ。  「柴山くんッ! 柴山くんッ! 聞こえているなら、返事をしなさいッ!」  シャワーの音が反響して、旭が返事をしているのかどうか、風呂場の外には聞こえない。  「シャワーを止めなさいッ! 僕は君のためを思って聞いてるんだッ! それは理解できるよなッ! こういう態度は、君のためにならないぞッ!」  小畑は、まだ二十代後半の若い教師で、生徒の人気も高い。「僕は、君たちの兄貴みたいな存在だからさ」というのが口癖で、年配の教師よりは話しやすく、多少のタメ口も笑って許してくれるところがある。そんな彼が激昂するのが貴樹には意外だった。  それでもシャワーの音はなおも続く。旭は態度を変える気がないようだった。  業を煮やした小畑が、一段と声を張る。  「君が校舎裏で苛められてたのを見た生徒がいるんだよッ。だから、僕は助けに行こうとしたんだッ。苛めは、放っておけばエスカレートするよッ。誰に苛められたか話してくれないと、解決できないだろッ」  小畑の話に、貴樹は、旭の捨て台詞の意味を理解した。あれは、「痛い目を見ないと解らないんだろ」と言った貴樹への、悔し紛れの罵りだ。  「柴山くんッ。君、また逃げるつもりかッ。今度は風呂場に引きこもるのかッ。いつまでだッ。今度は、いつまで引きこもるつもりだッ。それでいいのかッ。新堂くんにも谷川先生にも迷惑かけることになるんじゃないのかッ。おい、僕の話、聞こえて……」  シャワーの音が徐々に小さくなり、鍵を開ける音が、リビングにいる貴樹にも聞こえた。  「すみませんでした……」  ジャケットとスカートの片側を濡らした旭が出てくる。  「君が謝ることじゃないさ。誰にやられたか、話してくれるね」  小畑は旭が姿を現しても、体につけられた傷より犯人探しの方に興味があるようだった。  「後ろから目隠しをされたので、相手のことは見ていません」  「服とか、話し方とか、苛められる理由を話してたとか、何か心当たりないのか」  「ありません」  「復讐を怖がっているなら心配いらないぞ。学校がそれなりの対応をするからな」  「それなりの対応」という曖昧な言い回しに、自分が旭の立場なら口を割らないだろうと、貴樹は思った。同じ理由かどうかは知らないが、旭もそれには答えなかった。  「相手に心当たりがないとなると、解決は難しくなるぞ」  「すみません」  「うーん、参ったなあ」  小畑は腕を組み、考えているポーズで自分の立場を示す。  「それじゃあ、ひとまず職員会議にかけてみるけど、何か思い出したら先生に話すんだぞ。こういうことは君だけの問題じゃないからね。君が苛められなくなったとしても、次の苛めが起きるかもしれない。公になれば学校の名前にも傷がつくんだよ。在校生だけじゃない、卒業生にも迷惑がかかるし、新入生が入学の意向を取り下げるかもしれないだろ。私立高校では大きな問題なんだ。君だって、そういうことに関わってしまったら責任を感じるだろ」  「はい」  体の痛みには一切触れず、学校の都合だけを並べ立てる小畑に、旭は従順に返事をした。  「じゃあ、明日は学校に来れるな」  「はい」  「よし」  言質を取ったとでもいうように頷くと、小畑は早々に玄関に向かった。  「ああ、それからね」  靴を履きながら、ついでのように話す。  「その格好は、しばらくやめたらどうかな。僕は、その格好にも苛めの原因があるように思うけどな。君の場合、生まれつき、そういう……、その……、障害ってことじゃないんだし、そんな服を着る理由もないだろ。自分から苛めにつながるようなマネ、しない方が賢明だと思うぞ」  俯いたまま拳を握る旭の姿など、小畑は気にも留めない。  「谷川先生がどう言ったかは知らないが、あの人は長い間教職を離れていたらしいからさ。時代の変化を理解してないんだよな。それに、どうもウチの校風を良いように解釈し過ぎているんだよ。どんなことにも限度はあるし、協調性は社会に出てからも大事だぞ」  貴樹に聞かれぬよう、彼は声を落とした。  「全く、これじゃあ、生徒がいい迷惑だよな」  最後は、『兄貴』のポジションに戻って帰って行った。  旭は唇を噛みしめたまま、泥だらけの靴を睨みつけている。  「なあ」  濡れた体のまま立ち竦む旭の肩に、貴樹がバスタオルをかけようとするが、彼は身をかわした。  「ごめん。シャワー浴びてくるね。床は、後でちゃんと拭くから」  貴樹が手にしているバスタオルを取り、旭は再び風呂場へと消える。  無性に腹が立った。  不用意な言葉を口にした自分に。女装を苛めの原因と決めつける小畑に。そして、こうなることを忠告したにもかかわらず、自己責任だと言った玲香に。  貴樹は、以前、旭が勝手に登録した玲香の電話番号をタップした。  「旭が苛めにあったこと、聞いてますよねッ!」  相手が話し出す前に、怒りをぶつけた。  「俺、言いましたよね。苛められたらどうするんだって。母さ……谷川先生は、こうなることを予想できたのに旭の責任にしたんですよ。それでも、教師って言えるんですか。谷川先生が若い頃に教師をしていた時代とは違うんですよ。子供の気持ちも考えないで……、教師って言えるのかよッ!」  電話の向こうは、無言だった。  「何とか……言えよ……」  震える声を抑えながら、やっとそれだけ言う。  『旭くんは、何て言ってるの?』  玲香の声は、拍子抜けするほど冷静だった。  「何って、俺には、何も……」  『女の子の格好をしていることが原因だというのは、あなたの考えということね』  「小畑先生もそう言って……」  さっきまで否定していたはずなのに、つい共犯にしてしまう。  玲香が何を言うか、想像がついた。  『他の人がどう考えているかは聞いていません。私は、原因が明らかになっているかどうかを聞いたんです』  「そんなの、旭だって知らないのに、はっきりしたことなんて言えないに決まってるじゃないですか」  『それじゃあ、あなたは、彼のために私の手助けを求めて電話してきたんじゃなくて、自分の発言の正当性を主張したかっただけなのね』  正論が返ってくることは頭のどこかで解っていたが、理性に反して感情の糸が切れる。  「こういう時くらい……こんな時くらい……俺の気持ちを受け止めてくれたって、いいだろッ! 俺が、今まで、どんな気持ちでいたか、考えてくれたってさッ! あんたは、冷たいんだよッ! いっつも理詰めでッ! そのくせ、自分は好き勝手やってさッ! 母親って……、親って、そういうもんじゃないだろッ!」  勝手に口から言葉が飛び出していた。吐き出した言葉で、心の中に潜んでいた自分の気持ちを知る。  言うだけ言うと、あまりに無様で情けない自分への嫌悪感に吐き気がしそうになる。  「タカちゃん!」  タオルを腰に巻いただけの旭が脱衣場から駆けてきて、貴樹のスマホを奪った。  「おばさん? ごめんなさい。タカちゃんには、ちゃんと話すから。タカちゃん、僕のことすごく心配してくれてて。……うん、僕は大丈夫、かすり傷だから。……病院? そんな大した傷じゃ……はい。ちゃんと行きます。……はい、解りました。はい。それじゃあ」  旭は簡潔に用件をすませて、電話を切った。彼の言葉から、玲香が心配している様子がうかがえる。  「俺、お前のことなんか心配してないからな」  貴樹は、精一杯の悪態を吐いた。不甲斐ない姿を最も見られたくない相手に、幼稚な親子喧嘩を仲裁されたようで不愉快だった。  だが旭は、それまでのことが一切なかったかのように、不意に得意の甘え声を出した。  「タカちゃん、お腹すいたぁ」  「ああッ?」  「タカちゃんの玉子焼き、食べたい。ねえ、作ってよ」  「お前、こんな時に……」と言いかけて、旭の腕の傷に目が留まる。  「米は炊いてないからパンしかないぞ。それでも、玉子焼き食べるのか」  「食べたい」  「じゃあ、作るか。ああ、あとは、片倉のおばさんの料理があったな」  貴樹は、玉子焼きの他に、あり合わせの料理を温めてテーブルに並べた。  その間にシャワーを浴びて戻ってきた旭は、水気の残る素肌にジャージを着て、食卓に着くなり「いただきまーす」と、料理を次々と口へ運んだ。  無理に元気に振舞っている姿が痛々しい。  もしかしたら、今までも無理をしていたのかもしれない。  陸上部の部員たちに無視されても俊介をサポートし、クラスの中でも男女ともに上手く立ち回る。ついこの前までは、家に帰ってきてからも晶のふりを続け、朝早く起きて、夜は遅くまで俊介の弁当を作っていた。貴樹の家に来てからずっと、旭が気を抜く時間はあったのだろうか。  また何か大事なサインを見逃してしまった気がして、貴樹の胸がチクリと痛んだ。  口の中の料理を飲み込みきらないうちに、「ごちそうさま」らしき言葉を言って、旭は空になった食器をシンクに置いた。  「僕さ、別人になりたかったんだよね」  シンクに背を向けて座っている貴樹の背後で、旭が言った。  玉子焼きの溶けきれていなかった砂糖が、口の中でジャリっと音を立てる。  貴樹は、黙って食事を続けた。  「転校してから、学校つまんなくてさ。友達もできないし、友達になりたいって思える奴もいなくて。そのうち、勉強なんて家でもできるって言って、テストの時くらいしか学校行かなかったら、だんだん行くのが辛くなってさ、中学三年の時に登校拒否になっちゃった」  小畑が、「今度は、いつまで引きこもるつもりだ」と叫んだのは、このことだろう。  「勉強はしてたから高校は合格したけど、行ったのは一週間だけ。出席日数が足りなくなって、もう中退になるって時に、ウチの母親が、タカちゃんのおばさんに相談したの」  「えっ?」  貴樹が何か聞いてくることに待ったをかけるように、旭は蛇口のレバーを上げた。細く流れ出た水が食器の縁に当たって、カタカタと音を立てる。  「とりあえず一年間は保健室に通学して勉強するってことで、おばさんが話を通してくれて、僕は中退を免れたんだよね。で、その間に、おばさんが鷺ヶ原の転入手続きを進めてくれたの。タカちゃんとシュンちゃんがいる学校なら、良いんじゃないかって……。だけど、せっかく二人に会うのに、暗い顔していられないでしょ。だから、今までの柴山旭は捨てて、新しくやり直そうって思ったんだよね」  旭が食器を洗い始めた。続きを話す気配がないのを感じ、貴樹は尋ねた。  「だからって……、どうして、女子のカッコなんか……」  「前に、僕と晶の性格が似てるって言ったけど、あれはウソ。子供の頃は見た目も性格も同じだったのに、晶ってば、転校してからメチャクチャ活発になっちゃって、五年生の時にはボーイフレンドまでできちゃったんだよ。女の子の方が成長が早いっていうけど、急に大人っぽくなっちゃってさ。……羨ましかったんだよね、多分。一卵性の双子なのに、どうしてこうも違うのかなって。小さい頃は、同じように『可愛いね』って言われてたのに、いつの間にか、『晶ちゃんは明るいのに、旭ちゃんはちょっとね』って言われるようになってさ。外見を変えれば、気持ちも変わるのかなって。タカちゃんもシュンちゃんも、僕より晶と再会した方が喜んでくれるんじゃないかなってさ……」  「バカだな」  「解ってるよ、そんなこと」  「相談してくれれば良かったんだよ、女子のカッコなんてしなくてもさ」  「相談したら、タカちゃん、止めてたでしょ」  「そりゃ、そうだろ。俺たちが一緒にいれば、女装なんてしなくて済んだってことだろ」  「だからだよ……」  洗った食器をカゴに入れる音がする。  旭がテーブルに戻ってくるのを待つが、シンクの前から動く気配はない。貴樹は、旭の言葉を待った。  「タカちゃんは、いつも正しいよ。こっちに来てからも思った。何でもできて、合理的で、間違ったりしない。誰に対しても良い子で、決してはみ出したりしないから、大人からも信頼されてるでしょ」  「そんなこと……」  「僕は、間違ってもいいから、やってみたかった。誰にも、止められたくなかった。新しい柴山旭は、どんなことでも試してみる人間にしようと思ったんだ」  強い決意に、頭を殴られたような衝撃を受ける。玲香はこの決意を支持したのだと、今なら納得できる。  貴樹は、食べ終わった食器を持って旭の隣に並び、退こうとする彼の腕を取った。  地面に擦り付けられたような、手と脚と頬の傷。包丁で小指を切った時は大騒ぎしていたくせに、痛がる素振りも見せない。  「シャワー、滲みただろ」  貴樹の言葉に、旭はコクリと頷いた。  椅子に座らせ、消毒液をたっぷり含んだ脱脂綿を手の傷に当てる。「痛いよ、タカちゃん」と、旭は甘えた声を出した。  包丁で指を切った時も、旭は貴樹に甘えた。あの頃から、既に何らかの苛めがあったのではないか。あの時感じた違和感が旭からのシグナルだったとしたら、それを見逃した自分は何て愚かなのだろう。  やっぱり大事なところで間違えて、気づかないうちに人を傷つけてしまっているのだ。  「俺はさ、全然正しくないよ。世間の常識に従っているだけで、それが必ずしも正しいとは限らない。俺になんて相談しなくて正解だったな」  「ごめん。僕、そういうつもりじゃなくて……」  「いや、間違ってないと思うよ、旭の言ってること。結局、臆病なんだよね。人と違うことが怖いんだ。だから、世の中の規範から外れて目立ったりしないようにしてるだけ。目立って根掘り葉掘りほじくり返されたら、本当は中身のない人間だってバレそうでさ。そういうの、しんどいだろ。だから……凄いと思うよ、旭のこと」  傷だらけの顔で見上げる旭の目がみるみる潤んでいく。  「苛められたらどうするとか、フラれたらどうするとか、つまらない大人みたいなこと言って悪かったな。俺、もう余計なこと言わないからさ。お前は今まで通り、お前の思うようにやれよ。お前は全然間違ってないからさ」  どう足掻いても旭のような勇気は持てないという諦めにも似た気持ちが、貴樹を支配する。  新しい脱脂綿に消毒液を浸み込ませ、頬の傷に当てようとすると、その手を旭が掴んだ。  「違う。違うんだ。タカちゃんは、正しい。だから、僕は、この町に帰ってくることができたんだよ」  旭の目が、涙を湛えたまま訴える。  「前に言ったでしょ、ここに下宿する約束で転入を許されたって。あれ、ウチの両親が反対したのを、タカちゃんのおばさんが説得してくれたんだよ。わざわざこの家の写真まで撮ってきてくれて、一人暮らしと変わらないのに、タカちゃんの部屋もキッチンとかもきちんと片付いててさ。おばさんが、『ちゃんと生活してる証拠だ』って。『貴樹と一緒なら、間違いは起こさないから』って。離れて暮らしてるのに、そんなこと言えるなんて、タカちゃん、すごく信頼されてるんだなって、僕、ちょっと羨ましかった」  つまんでいた脱脂綿がピンセットから落ちる。  また、間違ってしまった。  後悔したそばから、追い打ちをかけるように嫌悪感が襲ってくる。着信履歴を削除するように、さっきかけた電話をなかったことにしてしまいたかった。  「あとは自分でやれよ」  声の震えを気づかれないように押し殺して、貴樹はピンセットを放り出した。  翌朝、貴樹の目は腫れていた。  玲香や旭への暴言を後悔し始めると止まらなくなり、ここ数カ月の誤解と勘違いにまで遡った。そして、そもそも全ては玲香の説明不足に端を発しているではないかと怒りが込み上げてきて、気がつくと窓から朝日が差し込んできていた。  パジャマのままリビングに行き、冷たいタオルを目に当てる。テレビをつけると、アイドルのような若い女性キャスターが「今日は、降水確率0パーセント。抜けるような青空です」と、笑顔を振りまいた。雨なら登校時だけでも傘をさして顔を隠せるのにと、貴樹はキャスターを睨みつける。  せめて母さんに会いませんようにと念じていると、階段を駆け下りるけたたましい足音がした。  「行ってきまーすッ」  旭の元気な声が響く。  彼は、いつものジャケットとスカートに、付けまつ毛までしていた。  「タカちゃん、遅刻しないでね」  顔に貼ったガーゼは捩れ、手の包帯は今にも解けそうになっている。  それでも、その顔は笑っていた。  「ガーゼ、貼り直してやろうか?」  ローファーをつっかけたまま、飛び出して行きそうな勢いの旭を呼び止める。  「大丈夫。僕のことより、その目、何とかしなよ。泣いたのバレバレで恥ずかしいよ」  「泣いてなんかないよ。これは、ただの寝不足。朝方まで勉強してたんだよ」  「ホントかなぁ。素直じゃないからなぁ、タカちゃん」  「お前に嘘ついても仕方ないだろ」  「もう、テレちゃって。タカちゃん、カワイ過ぎィ」  楽しそうに貴樹を揶揄って、旭は鼻歌交じりに出て行った。  いつだったか、女子の格好は武装なのだと、旭は言っていた。今日もあいつは戦闘態勢万全だということだろう。  「ちょっと持ち上げすぎたかな」  昨夜、旭にかけた言葉を思い出して、貴樹は大きく伸びをした。

ともだちにシェアしよう!