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4. 一人きりのお茶会

 京夜に、お茶してて、と言われ売店付近へやってきた亨だったが、先ほど手渡された紙をとても出す気にはなれなかった。フライドポテトとホットドックとコーラを買うと幽霊屋敷の見える席へと座る。  この紙を渡してしまったら、出会えたことが夢になってしまいそうで怖かったのもある。それとこれはもう享の宝物だった。  買ってきたものを食べずに、亨は手渡された紙をただひたすら見つめる。  そこには今まで探し求めていた人物へと繋がる文字があった。それを見つめる自分の口角が上がるのが亨にも分かったが、それを止めようとは思わなかった。  誰も見つけることのできなかった人物を自分が見つけたという事実。  そしてその人物と直接話すことができたという喜びで、亨の頭はいっぱいだった。  まるで恋でもしているかのように、初めて詩を見たときから『夜鷹』に焦がれていた。それからすでに二年と少し経っている。  そんな亨にとって、手にした紙はただのメモ用紙ではない。他人に見られたからといって価値など下がるわけがなかったが、他人になど勿体なくて見せたくはなかった。  亨は大事そうにそれを仕舞うと、目の前にある放置していた食料へと手をつけた。そしてポテトを食べようと口を開いた瞬間、亨はようやく平手打ちされた痛みを思い出した。浮かれていたせいで、それまですっかりその出来事も忘れていたのだ。所詮、亨にとってはその程度の出来事だったということだ。  亨がこの遊園地に来た目的は『夜鷹』に会うためではなく、亨を好きだという少女とのデートのためだった。周りが勝手に盛り上がり、断るに断れない状況を作り上げられてしまい、今日という日を迎えてしまったのだ。  そして、わざわざお節介な友人と下見にまできてデートに臨んだというのに、何故か平手打ちをされて大勢の前で振られてしまった。  その出来事に亨は首を傾げる。自分は少女のことを好きだといった覚えは一度もないのに、何故振られているのかと。勝手に好きだと言って近づいてきて、腹を立てて勝手に去っていった少女は何がしたかったのだろうと亨は思う。  口を開く度に痛む頬に亨は眉間の皺を濃くする。  溜息を吐きつつ先ほど渡された瞬間冷却剤を叩き、冷えてきたのを確認してから痛む頬に当てた。  すっとする冷たさが心地よくて亨は目を細める。亨は京夜の親切を素直に嬉しく思った。  享は何とはなしに視線を幽霊屋敷へと向ける。小さく見える京夜がどんな表情をしているかは、亨のいる場所からはよく見えなかった。  しかし、亨は友人と一緒に幽霊屋敷に入った時に向けられた笑顔を思い出し、きっと同じ笑顔を客に向けているのだろうと想像した。それが営業スマイルなのは分かっているが、なんだか胸の辺りがもやもやとして落ち着かない。  そう考えた瞬間、亨は自分はそれ以外の笑みを知っていることを思い出し、満足そうに微笑む。先ほど向けられた京夜の艶やかな笑みは、確かに亨だけのものだった。  亨は幸せな気持ちに浸りつつ、読みかけだった本に目を通し時間を潰し始めた。  アトラクションに夢中な人々の中で、遊園地に来てまで本を読んでいる人物は珍しい。近くを通り過ぎる人々の奇異な者を見る眼差しが亨を刺すが、当の本人はそれに気づく様子もない。熱い日差しを遮るパラソルの下で、熱せられた空気をものともせずに本を読み進める。亨は本を読み始めると周りが見えなくなるタイプだった。  どのくらいの時間が経ったのか。  ようやく本を読み終えた亨が顔を上げた瞬間、亨の目に入ったのは楽しそうな笑みを浮かべて自分を見つめる京夜の姿だった。 「えっ……あっ……仕事は……」 「ちょっと前に終わったよー。声かけようと思ったんだけど、ちょうど良いところ読んでるみたいだったからね」 「す、すみません。読み始めると色々気づかなくて」  自分でも読み始めると没頭してしまうことに気づいていた亨は京夜に謝罪するが、京夜はひらひらと手を振ってそれを笑い飛ばした。 「別にいいってー。オレも同じだから。読んでる途中で邪魔されるのやだし」 「はぁ……あれ? でもちょうど良いところって……」  亨が読んでいたのは昨日発売されたばかりの新刊だった。その内容を京夜は知っているのだろうか、と亨は首を傾げる。  その疑問に気づいた京夜は悪戯な笑みを浮かべ告げた。 「あぁ、それ昨日読んだから。オレ、その作家さん好きなんだよねー」 「マジでっ? いや、あの……そうなんですか」  思わず叫んでしまった亨はあたふたと視線を彷徨わせた後、いたたまれないのか俯いた。

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