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「あれれ?」3

 今更逃げる訳にも隠れる訳にもいかず、立ち尽くしていると。 「あれ。雅己?」 「――――……」  きょとん、とした顔で見られて、言い訳も出来ずにただ啓介を見つめ返す。 「何? 迎え来てくれたん?」  嬉しそうに笑って言う啓介に、オレは思わず思い切り首を横に振る。 「べ……別にそんなじゃ……」 「そーなん? じゃ何しとったん?」 「別に」  ちょっと俯いたオレに、啓介はくす、と笑った。 「話、聞こえた?」 「う……わ、悪い」 「全部、ちゃんと聞こえた?」 「……うん」 「そか」  啓介はふ、と息を付いて、だんだん後ろめたくなって俯いていったオレの顔をひょい、と覗き込んだ。 「誤解せえへんでな?」 「……?」  誤解? 誤解て何を?  ……ていうか、オレが立ち聞きしちゃって、気まずいって話なんだけど。 「前に寝た事ある子からたまに誘われんねん。別に付き合うてた訳でもないから、敢えて別れようなんて言うてへんし。向こうもその程度やから、あっちがその気になった時なんかな。けど誘い乗ってへんし、ちゃんと断っとるから、その内誘う奴も居なくなる思うし……」 「……だから?」 「んー、だから……オレが好きなん、お前だけやから。今でもオレがそーいうのいってるとか、そんなん思わんでな?」  ……ああ。そういう意味か。  ……だってオレ、昔のお前の事は知ってるから。誤解も何も。  今、断ったって言うのは、ちゃんと目撃したし。  誤解もなにも、ねえよな、うん。 「……分かった」  何だか思わず素直に頷いてしまった。  すると啓介は、ん? という顔をして、こちらを見下ろしてくる。 「どした? なんや大人しいんやない?」 「別に。んな事より、お前まだ昼食ってないじゃん。早く学食行こうぜ」 「ん、せやな。いこか」  のんきな声を出して、啓介がオレより数歩先に歩き始めた。その後をついて歩きながら、オレは、思う。  ……ほんと、変な奴。  女子に誘われてんのに、わざわざ断って。  絶対女子の方がいいだろうに、好きな奴居るなんて言って断って。  ……そんで、オレの事誘うのかな、もしかして?  でもそんなのって、変じゃねえ?  絶対、普通、女子の方がいいだろ?  ……ほんと。  変な奴。 「あ、そういや雅己、今日は泊まりに来れないんやろ?」 「……え?」  くるりと振り返ってオレを見た啓介を、ふと見上げた。  そのオレの反応に、啓介は再度言った。 「泊まりに来れないかもて先週言うとったろ? それ言いに、今来たんやないの?」 「べ……別に……。用事ねえから、行ってやってもいいと思ったから」    ……  …………。   ……………あれ?  思ってたセリフじゃねーぞ?  自分で固まったオレに、啓介はきょとんとした。 「ん? 用事ないん?」  うん。無い。……いやいやいや、でも、あるんだ。  用事があるから、今日は泊まりにはいけないんだ。  オレは、そう言いに、ここに来た……筈なのに。 「……お前がどーしても来て欲しいっていうなら、行ってやるけど」  ……あれれ?  またしても口をついて勝手に出た言葉に、オレはますます混乱する。  瞬間、啓介の奴、プッと吹き出した。  何で笑うんだとムッとしたオレに構わず、啓介はクックッと、肩を震わせてる。 「……来て欲しくないなら、別に行かないしっ」 「雅己雅己、来いや。オレ、めちゃめちゃお前の事、抱き締めたい」 「……っ蹴るからなっ」  顔が一気に熱くなった。  真っ赤になって叫んだオレに、啓介は一層可笑しそうに笑って、歩き出した。  顔の熱を懸命に冷ましながら。オレも、啓介の後を渋々と歩き出した。  ……オレ、ちょっとおかしい。  ……おかしい。……ちょっと?  いや、違う。ちょっとじゃない。  絶対的に、おかしい。  断るつもりだったよな オレ。  用事があると嘘をついて、断りを入れる筈だった。  ていうか、ほんとに誰かと用事、入れちゃえばよかったのに。  そしたら嘘にもなんないし、怪しくもなく、断れるし。  なのに、何で。  何で、自分から。行ってやってもいいなんて、言っちまったんだろうか。  啓介が、「来れないんやろ?」と言ってくれたのだから、頷きさえすれば良かったのに。  ………。  うう。  分からない。  マジで、自分が分からない。  行ってしまったら、また、このケダモノに。  ……どうされるかも、大体分かっているのに。  オレは男で、啓介も男で、きっと本来は、こんな形は、おかしくて。  ……ちくしょー。  納得いかないし。もう。 「いい天気やなぁ~」  ……いい天気だけど、オレはちっとも納得いかねーんだよ。  いっつもいっつも、オレの中ぐるぐるにしやがって。  お前が絡むと、もう最近、いっつもこう。  意味わかんなくなって、ぐるぐる迷って。悩んで。  ちくしょー!  心の中で叫びながら。  のんきに空を見上げて歩いている啓介の後ろ姿を、ちょっと睨み付けてしまう。  けれどすぐにそんな力も失って、オレはため息を付いた。  オレ、この先。  ――――……どうなっていくんだろ。

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