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第8話

 その狭い門を押し開ける。ぎぎっと軋み音を立てて開いた扉から中に入ると、黒色の壁の純和風の豪邸がそびえていた。 「すごい。お城みたい……これが校舎?」  私立の小中一貫校とはいえ、こんな和風の校舎というのは珍しい。唖然と立ち尽くしていると、奥から子供の声が聞こえてきた。 (日曜日だけど、生徒が校庭で遊んでいるのかな……)  声がするほうへ歩いていくと、見たことのない草木や美しい花々が植えられ、まるで森のようになっている。 「ここ、本当に学校?」  庭園は手入れが行き届いているが、池と高い樹木が配置され、遊具がない上に校庭もない。学校にしてはなんだかおかしいと思い、池の前で歩みを止めると、きゃあきゃあと楽しそうな声が近づいてきた。 「まって、まってーずるいよ、あたしばっかり鬼で」 「早く、早く、こっちだよ」  池のほとりからちょこんと顔を出したのは、白色の着物姿で同じ顔をした三歳くらいの二人の子供だった。  小中一貫校と聞いているが、幼稚園か保育園が併設されているのだろうか。それにしても着物を着ているのは珍しい。 「あの、こんにちは」  春陽が声をかけると、二人は目を丸くして動きを止めた。思わず指でつつきたくなるようなふっくらした丸い顔と、丸い体がとても愛らしい。 「はぅ……。おにいたん、だあれ?」 「どして、ここにいるの?」  春陽の股下くらいの高さしかない二人は、不思議そうに春陽を見上げ、ぱちぱちと大きな瞳をまたたかせている。 「驚かせてごめんね。ちょっと教えてくれる? ここは狐神学園という学校だよね?」  二人に訊いてみると、白地に青色の紋様が描かれた着物を着た髪の短い子が、元気よく答えた。 「がっこうと、ちがうー」 「えっ、学校じゃないの? 困ったな。間違えて入ってしまった。それじゃあここはどこなんだろう……」 「ここは、あやのこうじの、おうち」  そう言ったのは、白地に赤色の小花が散った着物を着た子だ。少し髪が長い。こちらは女の子のようだ。 「君たちのおうちなの?」  こくんと二つの小さな頭が同時に縦に動いた。  広大な邸はとても個人宅とは思えないが、ものすごく大金持ちの家なのだろうか。  男の子のほうが大きな声を出した。 「おにいたん、ドロボー?」 「えっ、ち、違うよ。勝手に入ってしまって、ごめんね。でも泥棒じゃないからね」  しかし、やんちゃ坊主は聞いてくれない。 「わるいドロボーめ。やっつけてやる! 行くじょ!」  突っ込んできたやんちゃ坊主は、小さな手で春陽のズボンを掴み、えいっと叫んでちょこんと足を上げた。キックのつもりらしいが全然届いていない。  着物だというのに気にせずやんちゃをする子供に、春陽は吹き出しそうになり、手で口を押さえた。男の子は唇を尖らせる。 「おにいたん、どちて、たおれないの?」  はっとなった春陽は、子供の気持ちを踏みにじってはいけないと思い、「や、やられた……!」と芝生の上によろよろと倒れてみせた。 「やったー、ドロボーをやっつけた」  喜んでいる男の子に、女の子が「あゆむ、まって」と声をかけ、倒れている春陽のそばに来てすとんとしゃがみ込んだ。 「おにいたん、おきゃくさん?」  心配そうな顔に、春陽は起き上がって答える。 「えっと、僕は――お客さんでも泥棒でもないんだ。東雲春陽というの。よろしくね」 「よろしく、春たん」  可愛い声で〝春たん〟と名前を呼ばれ、春陽は嬉しくなった。 「あの、君たちの名前を訊いてもいいかな?」 「ボクは綾小路歩夢(あゆむ)」 「あたし、綾小路華(はな)」 「歩くんと華ちゃん? いい名前だね。兄妹かな? 二人ともすごく可愛い」  二人はぱあっと嬉しそうに顔を輝かせた。 「あゆむのこと、かわいいって。春たん、いいやつ」 「はなも、とってもうれしい」  二人は顔を見合わせて、きゃっきゃとはしゃいでいる。 「ねえ、春たんは、どして、うちにきたの?」  歩が春陽を見上げて確認するように言う。 「学校と間違えて入っちゃったんだ。本当に、ごめんね」 「そっか。春たん、いいよー」  歩と華が手を伸ばし、春陽にしがみついてきた。あたたかくてやわらかな二人の体をそっと抱き寄せると、歩の髪の上に、ふさふさとした獣の耳のようなものが見えた。  驚いた春陽が、「あっ」と小さく声を上げると、華の頭上にも、同じように獣耳が立ち上がり、ぴょこぴょこと動き出す。 「……っ! そ、その耳はどうしたの? さっきまでなかったけど、何かの玩具?」  カチューシャのような玩具だと考えて納得しようとした春陽に、歩と華は同じ方向に、ちょこんと愛らしく小さな頭を傾けた。 「おもちゃと、ちがう。これボクの耳なの」 「しっぽもあるの」  歩と華は立ち上がると、息の合った所作でくるりと後ろを向いた。やわらかそうな毛で包まれた長い尻尾が揺れている。 「尻尾が……! これって玩具じゃないの? え、どうして? 信じられない!」  驚きすぎて叫ぶように言うと、華がびくっと小さな体を揺らした。 「いや……春たん、おこってる。こわい……」  華がしゃがみ込み、顔を両手で覆って、しくしくと泣き出した。 「はなをいじめた! いくじょっ」  歩が再びファイティングポーズを取り、とたとたと走ってきた。 「歩くん……」 「キーック! とうっ」  足を振り上げた途端、歩の小さな体がバランスを崩し、華を突き飛ばして、ステンと転んでしまった。 「ふえぇん、いたいー、あゆむが、あたしにぶつかった」  華が怒り出した。歩はあわてて華に謝る。 「あ、ごめんね、はな」 「なにしゅるの。いたかったー」  華が小さな両手を合わせて人差し指で数字を書くように動かした。  何をしているのだろうと思っているうちに、いつの間にかひらりと細長い白布が現れ、歩の足に絡みついた。ドサッと尻もちをついた歩が怒り出す。 「あやまったのにー、はなのバカー」  歩の小さな体から何か冷気のようなものがあふれ出てくる。ぞくぞくとする悪寒に、春陽は青ざめた。 「歩くん、華ちゃん……二人とも落ち着いて」 「ボク、あやまったのにぃぃっ」  悔しさと怒りが混ざり合い、歩の全身から禍々しい黒雲のようなものが立ち込めていく。 (何が起こっているの? 歩くんの様子がおかしい)  春陽は華をかばうように前に出る。

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