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序章3-1
明皇学園高等科の新学園長に就任した神嶽は、学園生活の拠点となる学園長室に居た。
座り心地のよい本革の椅子に背を預け、黙々とノートPCを弾き、その傍ら必要書類にサインする。学園長としての業務は神嶽にとって苦ではないが、実に単純で、面白みのないものだ。
作業がキリの良いところまで終わったのとほぼ同時に、四限目の終了を知らせる終鈴が鳴り響く。昼休みの合図だ。その音を聴きながら、神嶽は疲れの見えない無の表情ですっくと立ち上がり、学園長室を後にした。
授業の緊張から解かれた昼休み、廊下を行き来する生徒達はみな浮かれ顔だ。
明皇学園では校則などそれなりに厳しくあるのは中等科までで、高等科からは比較的自由な校風だった。新入生達もようやく高等科に上がれた解放感から中等科時代にはできなかったお洒落を楽しみ、あるいは堂々と男女交際をしたりしていて、学園内は実に和気あいあいとした空気に包まれていた。
「あっ、学園長先生っ! こんにちは!」
「はい、こんにちは」
生徒達に新学園長がお披露目されてからまださほど日にちは経っていないが、神嶽もまたこうして学園内を見て回るのはもう慣れたものである。
そして、神嶽を見つけるなり我先にと声をかけてくる女子生徒達。神嶽がそれをとびきりの営業スマイルで返してやれば、みな頬を染め、きゃあきゃあと騒いで走り去って行く。
好奇心で話しかけてくる者も多かったが、特に女子生徒の間では“新しい学園長先生”の存在はちょっとした祭り事になっていた。
「わぁ! 学園長先生はっけーん!」
すれ違う生徒に声をかけながら歩く内に、神嶽はまた女子生徒数人に囲まれた。
学生にしては、みな化粧やヘアアレンジに慣れているようで、垢抜けている三年生達。クラス内でも人気の高い女子達で構成されたグループなのだろう。
だが、その中で神嶽の目を引いたのは、押しの強い女子の間で目立たぬようにしている男子生徒だった。
化粧をさせればそこらのがさつな女よりよほど女性的になりそうな甘いマスクに、どこか放っておけなくなるような雰囲気を纏っている。
(学園長先生……なんで僕のこと見てるんだろう……や、やっぱり僕が女の子みたいだから……気持ち悪いから……なのかな……)
彼から聞こえてきたのは、控えめな声。恐怖や、不安や、嫌悪といった、負の感情が入り混じっていた。
「先生、好きな食べ物って何ですかぁ?」
「ご趣味はー?」
「もうズバリ聞いちゃいます! この中ならどの子がタイプですか!」
「ちょっとやだぁ、ストレートすぎるって!」
神嶽が心を読んでいることなど微塵も知らず、女子達は各々主張して神嶽を質問責めにする。
「ねえねえ、てっちゃんは学園長先生になにか聞きたいことないのー?」
女子の一人に話を振られ、俯いていた男子生徒がおずおずと顔を上げる。まるで天敵に怯える小動物のようだ。
「えっ……あ……ぼ、僕は別に……」
「てっちゃん、とは?」
「あ……えと……僕、お、鬼塚鉄也 って言います……そ、それで……」
「だって、てっちゃんって見た目は可愛いのにこんな男の子男の子した名前じゃないですかぁ! だからあだ名くらいは柔らかーい感じにしようって、みんなで決めたんですよっ! あ、良ければ学園長先生も呼んであげてくださいねっ!」
「はは、確かに可愛らしい呼び方だが、さすがに私には抵抗があるな」
女子の冗談に神嶽が困り顔を作って返すと、女子達はなにがおかしいのか「学園長先生の方こそ、可愛い」などと声を張り上げ手を叩いて笑う。
一連の会話に意味など持たないが、この年の女とはそうやって大人をからかうことが癖になっている、なんとも単純な生き物なのだ。
(うぅ……みんなが学園長先生を見に行こうって言うからついて来ちゃったけど……絶対、変だって思われてるよ……。でも……そう思われても仕方ないのかな……僕は……普通じゃないから……)
見た目通りの消極的な性格の男子。それにしては、自身に戸惑うような心の声。
そのギャップに、神嶽は微かに首を傾げた。まじまじと鉄也を見る双眸には、相変わらず何の感情も映っていない。
「鬼塚……鉄也くん……か。そうだね。いい名だ。覚えておくよ」
不安そうな表情の鉄也の気持ちを無視した女子達の黄色い声が上がった。
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