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序章3-2

 そろそろ下校する生徒も減り、部活などで遅れた生徒が、急いで帰路につく姿が見える。  夕暮れに染まった辺りは、今はしんと静まり返っている。そうして神嶽が学園内の巡回をしていると、正門の側で、見知った顔が何やら口論をしていた。  二人の男子生徒……片方は司、もう片方は隼人。そしてもう一人、女子生徒だ。  仏頂面の司と、ぐっと顔をしかめた隼人が対峙し、女子生徒は、隼人の後ろに隠れるようにして立っている。  手入れの行き届いたロングヘアと大きめのバストが目立つ、童顔の類に入る女だ。 「あ、あの……私……もう……わかりましたから……。先に帰りますっ……。今までご迷惑をかけてしまって、ごめんなさいっ……!」  女子生徒が震える声でそう絞り出すと、もうこの場にいられないというように駆け出して行く。司とすれ違った彼女は泣いているように見えた。 「あっ……待てよ優子(ゆうこ)っ!」  すぐに隼人も追いかけようとするが、既に優子と呼ばれた女子生徒は路地を曲がり、姿を消していた。  足を止め、追いかけることを諦めた隼人だったが、どうやら怒りの矛先は、司にあるらしい。ギロリと司を睨むと、ずかずか踏み寄っていく。 「おい司っ……何もあんな言い方しなくたって良いだろ!」 「お前は、私が嫌いだ。だからなおさら、妹が私に好意を寄せている事実が許せない」 「……ああそうだ。当たり前だろ」 「過保護にもほどがあるな」  司に冷笑され、二人の会話は一度そこで途切れた。  あの女子生徒は、隼人の妹。つまり理事長の愛娘でもあるというわけだ。神嶽にとって監視すべき人間がまた一人増えたことになる。 「私はただ本心を言ったまでだ。いつまでも思わせぶりな態度をとるよりも、はっきりと断ってやる方が、よっぽど彼女のためにもなるのではないか?」 「だからって……!」  怒りに身を任せた隼人が、司の胸倉を掴んだ。 「何をする。その手を離せ」 「ふざけんなよ! お前の言葉で、優子がどれだけ傷付いたと思ってるんだ! 優子は……本当に、本気で……お前のこと……好きだったんだぞ……」 「一方的に、だろう。私には関係ない」 「……何なんだよ、お前……どうしてそう人を見下した態度しか……。くそっ、もういい加減我慢ならねぇ」  隼人が震える手で、拳をつくる。殴るつもりなのだ。  このまま殴り合いになろうと神嶽の知ったことではないのだが、騒ぎになるのは好ましくない。 「そこの二人、何をしているんだ。喧嘩はよしなさい」  少し厳しい顔つきをして、低めの声をかけながら、神嶽は二人の間に割って入った。 「っ……学園長先生……」 「学園長先生が来てくれて助かったな。あのままお前が私を殴っていたら、学園への寄付もなくなるところだったかもしれないぞ」 「っく……司、お前っ……!」  また手が出そうになる隼人を、神嶽が止める。  怒りが収まらずギリリと唇を噛み締める隼人の後ろで、一目でわかるほどの高級車がこちらへと向かってくる。どうやら、司の送迎のようだ。 「ああ、迎えが来たようだ。では、学園長先生。さようなら」  隼人の方を見ようとせず、司は神嶽にのみわざとらしい会釈をして迎えの車に乗り込んだ。  徐々に遠くなっていく車を見つめ、隼人も脱力したようで、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 「…………はぁーあ。すいません、学園長先生。見て……ました?」 「ああ。途中からね。それにしても、君がそこまで取り乱すとは、いったいなにがあったんだい?」 「その……実は、オレの妹……ずっと司に片想いしてたんです。それは司も感付いてたんですけど、さっき振られて……しかも、結構きついこと言われたんですよね、はは」  あの態度では、司はかなり冷たく突き放すようなことを言ったのだろう。ずいぶんと後味の悪い場面に遭遇してしまったものだ。 「ふむ。気に入らないようだね」 「そりゃあ……そうっすよ。兄としては、妹の恋を応援してやりたい気持ちもあったけど……あいつには、デリカシーってものが無さすぎるんです」  舌打ちをし、黙り込んでしまう隼人。一気に負の感情がこみ上げてきたようで、俯いた隼人は泣きそうな声でか細く呟いた。 「……あんな奴……いなくなっちまえばいいのに……」  その時、神嶽は隼人の心の声を聞き逃さなかった。  このしょんぼりとした、妹を想う優しい兄から発せられたとは思えない、醜い声を。 (司さえいなければ、優子が傷付くことはなかった。オレだってこんな風にイライラすることも……そうだ、あいつはいつだってオレの邪魔をする! 勉強も、スポーツも、オレの方が頑張ってるってのに! オレ達を踏み台にしてのし上がって、見下すんだ! 司が悪い、全部司が悪いんだ……!)  神嶽もすぐに思い浮かべただろう隼人の父である理事長の言葉。  『私はただ、学園の名誉と家族を守りたかっただけだ。全て杉下が悪いのだ』と。  理事長も、こうして自分のことは棚に上げて、他者を攻撃することのある人間だ。この親子は、血は争えないようだ。  だが神嶽にとっては都合のいいことでもある。これだけ隼人が心の底では司を妬み、憎んでいるとなると、利用しない手はないのだから。  ──犬猿の仲である幼なじみ。これを使うのはまだまだ先のことになりそうだった。

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