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序章4-2

 放課後、神嶽は学園の廊下で司を見つける。司が迷いなく進む先には鉄也がおり、どうやら彼に用があるようだった。 「鬼塚、ちょうどいいところに」 「あっ、如月さん」 「お前、西條の妹と同じ部だろう? これを渡しておいてくれないか」  そう言って、司がリボンのついた小さな包みを鉄也に押し付ける。 「別に良いけど……。優子ちゃんと何かあったの?」 「いや……少し、悪いことをしてしまったのでな」 「そっか……。うん、わかったよ。僕から責任持って渡しておくね」 「……ああ。恩に着る」  司は隼人と話していた時とは正反対の優しい顔で、鉄也に微笑む。  そうして自然体でいる司は元々の整った顔が際立ち、やはり何をしていても絵になるような美男子だ。  神嶽達の前では司はずいぶんと冷めていたが、同級生にこんな風に接することもできるとは、意外な一面であった。  鉄也もそんな司に対しては不安げな様子もなく、穏やかな表情を見せていた。 (理由は聞かないのだな……。ありがとう、鬼塚。やはりお前は優しい男だ) (なんだかんだ言って、如月さんって優しいよね……僕なんかにも普通に接してくれるし……優子ちゃんが如月さんを好きになる気持ち、ちょっとわかるかも)  二人は心でもまた互いを褒め合っている。  司と鉄也は同学年だがクラスが違うこともあり、なんでも気兼ねなく話せる友人というほどには距離が近いわけでもなさそうだが、きっかけさえあればそうなるだろうという雰囲気を醸し出していた。  鉄也が司と別れて一人になったところに、様子を伺っていた神嶽が「鬼塚くん」と声をかける。  振り向いた先が神嶽だとわかると、鉄也は緊張したように縮こまった。司を前にした時の態度とは大違いである。 「が、学園長先生。どうされたんですか……?」 「いや、ちょうど君の姿を見かけたから。ところで今、如月くんと一緒にいたようだが……君は、彼とは仲が良いのかい?」 「そ、そんな恐れ多いこと……! ぁ……でも……は、はい……如月さんも、そう思ってくれていたらいいな、とは……」  鉄也は思わず声を張ると、しまったという顔をしてすぐに照れ臭そうに視線を廊下に落とした。  司は同級生からも一目置かれる存在のようで、そんな憧れなのであろう司と話した後だからか、今日の鉄也は初めて出会った時と比べ少し饒舌だった。 「これから部活かい? ええと、君は何部だろう」 「……家庭科部……です。すみません、男なのに、変ですよね……」 「そうかな? 料理や裁縫ができて困ることはないだろう。それに、その道のプロだって男は大勢いるんだ。何もおかしいことではないと思うよ」 (…………? 学園長先生は、おかしいと思わないの……?)  善良な学園長を演じる神嶽の言葉を受けて、鉄也の心にはそんな疑問が生まれていた。  どうにも鉄也は自分が周りと、それも同性と比べておかしいと思っていて、それをひどく気にしている。  しかしそんなコンプレックスは、神嶽にとっては彼の心に付け入ることのできる都合の良い感情に過ぎない。 「ちなみに今日は、どんな活動をするんだい?」 「調理実習です。お菓子を作るんですけど……」 「それは良いね。ちょうど小腹が空いていたところだ、出来上がったら私にも少しおすそ分けしてもらえないだろうか」  鉄也が一瞬、目を見開いて固まる。  この年上の、それも社会的地位の高い男が言ったこととは思えないというような顔をして、口元に手を添えふふっと小さく笑った。それは司に見せたものとも違う、愛らしい仕草だった。 「……ご、ごめんなさい、学園長先生がそんな風に仰るなんて、意外というか……か、可愛らしいなって思ってしまって……。あの、もちろん味は保証するので、ぜひ食べてください」 「本当に? 嬉しいな。楽しみだよ」  子供のような笑みを見せながら、神嶽は鉄也の肩にそっと手を置いた。  その瞬間、鉄也は「あ……っ」と小さく息を漏らした。身体を強張らせ、その手を振り払おうとする。が、止まった。 (……あ、れ……男の人に触られてるのに…………嫌じゃ……ない……?)  戸惑うように神嶽を見上げた鉄也の頬は、ほんのりと血色の良いピンク色に染まる。それはまるで、恋する乙女のようだった。

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