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序章5-2

「それ、絶対恋だって! 恋!」  神嶽が巡回中、鉄也のクラスの前を通りがかると、教室の中から女子生徒らの大きな声が聞こえてきた。  神嶽がそっと中を覗き込むと、鉄也といつも一緒にいる仲の良い女子グループが、鉄也の席の周りを取り囲むようにして放課後のお喋りを楽しんでいた。 「こ、恋って……」 「だって触られても嫌じゃないんでしょ? そういうの大事だよー。あたしも元カレは顔が気に入って付き合ったのに、手繋いでみたらなんか違和感感じちゃってさー」 「てか、てっちゃんが男の人のこと褒めること自体珍しいしね」 「……えっ。いや、あの、僕じゃなくて、友達のこと……なんだけど……」 「んふふー。わかってる、わかってるってば」  日々の娯楽はお洒落か、買い物か、恋愛話か。そんないかにもといった女子達に、鉄也は困惑気味だ。  どうやら鉄也は友人の話と称して彼女らに恋愛相談をしていたようだが、あの口ぶりではみな鉄也本人のことだとわかっているらしい。  鉄也のその恋の相手が同じ男だとしても、鉄也は女子の中にいても違和感のない存在であるし、みな異性に対するものと同じような扱いをしていた。 「君たち、あまり帰りが遅いと親御さんが心配するよ」  神嶽が教室の引き戸を少し開けて、声をかける。鉄也は話題に上がっていた神嶽本人の登場にびくりとしたが、周りの女子はしめしめと言ったように笑ってみせる。 「はーい今帰りまーす!」 「先生ー! てっちゃんがぁ、先生とお話ししたいことがあるそうでーす!」 「えっ、ち、ちょっと……」 「ではではぁ、ごゆっくりー!」  お節介な友人達に強引に二人きりの状況を作られて、鉄也はどうしていいかわからず神嶽の顔を見つめたが、目が合うと恥ずかしそうに俯いて、唇を噛んだ。 (そ、そんな急にっ……話すことって言っても……) 「……え、えと、あの……あっ。が、学園長先生は、どうしてそんなに……お優しいのかなって……」 (ああもうっ、僕、なに言ってるんだろうっ? 今度こそきっと変な子だって思われたよ……)  相変わらず鉄也は自虐的だが、今日は以前とは違い恥ずかしく思うだけに留まっている。 「どうして、と言われてもな……そういう風に接するのは、嫌だったかい?」 「そ、そんなことはないんですけど。その……僕なんかに構っていたら、変な誤解されちゃうんじゃないかって……特に、男の子達には……」 「誤解って? ……ああ、なるほど」  神嶽が少し考えたようなそぶりを見せたあと、照れ笑いをこぼした。  神嶽は鉄也の前では“素の神嶽修介”を意識して、とことん善良で、しかしお茶目な部分もある学園長を演じた。  誰しも特別扱いには弱いものだ。神嶽のこのような表情を知る人間は、学園で自分しかいないのかもしれないと思う鉄也はある種の優越感に浸っていた。 「ごめんなさい……ご迷惑……ですよね」 「いや……私は、例えそう思われても悪い気持ちはしないよ。むしろ、嬉しい……かな」  少し、声のトーンを下げて神嶽が言う。鉄也は意外そうに神嶽を見たが、そのまま目が離せなくなってしまった。  とっくに帰ったと思いきやまだ扉の向こうでこそこそ二人の会話を盗み聞きしていた鉄也の友人らも、互いに目を見合わせて、歓喜の声を上げたいのを必死に我慢していた。  教師と生徒、それも同性同士、禁断の恋が実るかもしれないとなれば、はしゃぎたくならないはずがなかった。 (先生……。そっか……僕、本当に学園長先生のことが……。これが……恋……?)  鉄也の心はもうすっかり神嶽で埋め尽くされていた。  そう。それは好意を超えた先にある、もっと深く健気な感情だ。  真実の愛を知り、恋慕する者に献身的に尽くす清らかな姿。その後、裏切られ捨てられる絶望の顔。そんなものはいつの時代も良い見世物である。  恋愛など縁の遠い会員達には、そのような感情を持って行動する人間はとても新鮮で、何度見ても飽きがこないと人気があった。  神嶽は鉄也の心に不思議な安らぎを与える表情で笑いかける。  それが悪魔の微笑みとも知らず、鉄也はすっかり安心しきって、微笑み返した。

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