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序章6-1
昼休みの学園長室、神嶽が表向きの仕事の為にノートPCを弾いていると、ふいに控えめなノックがあった。
神嶽が入室を促すと、立っていたのは鉄也だった。
「どうしたんだい?」
「あ……あの、学園長先生は、その、お昼は……」
デスクの前にやって来ると、なおさらもじもじと俯く鉄也。その手元には、弁当袋が二つある。
「いや、まだ食べていないが。……もしかして、そっちは私の分かい?」
「あっ……は、はい。前に、お菓子を美味しいって仰ってくださったので……。ごめんなさい……」
「どうして謝るんだい?」
「だって、こんな勝手なことをして……ご迷惑に決まってるのに、僕、先生に褒められたからって有頂天になってしまって……。それに、男から貰ったって嬉しくないですよね……」
「……そんなことはないよ。私は独り身だから、助かったよ。ありがとう」
神嶽は爽やかな笑みで言うとPCを閉じ、鉄也から弁当を受け取って蓋を開けた。
手間のかかり具合は一目瞭然だった。海苔とハムをくり抜いたパーツで表情を作った可愛らしいおにぎりに、周りには栄養バランスの良さそうな色とりどりのおかず。
それはまるで人気のレシピ本に載っている弁当そのもののようで、相変わらず彼の料理は見た目からして素晴らしかった。味だって悪いはずがない。
「いただきます」
神嶽はぱっと目に付いたふわふわの出し巻き玉子を口に運ぶ。
それが無事に喉を通るまで、鉄也は不安そうに神嶽の顔を見つめていた。
「ど……どう、でしょう……?」
「おいしいよ。君は本当に料理が上手くて、びっくりさせられるな。それにしても、こちらこそ催促をさせるようなことをしてすまなかったね。忙しい朝に私の分まで作るなんて、大変だったろう」
「いえ、そんな。いつも作っているので苦ではないんです。それに、先生に渡すんだって思ったら、俄然やる気も出て……えへへ」
鉄也は照れくさそうに笑う。神嶽へ恋心を抱いているのだと気付いてからの鉄也は、自然と笑顔も増えている。
自身を抑圧した顔はまるで悲劇のヒロインのようだったが、こんな風に明るい表情もまた、柔らかな顔立ちの彼には似合っていた。
「せ、先生。……こんな僕にまで優しくしてくださって……ありがとうございます。僕、先生が新しい学園長先生で……本当に良かったです」
「……嬉しいことを言ってくれるね。私も、君と出会えて良かったよ」
神嶽の眩しいほどの笑顔。たちまち鉄也の顔が赤くなった。
(……好きな人ができるって、こんなに良いものなんだ……。優子ちゃんも、いつもとっても幸せそうだったもんね……。僕も……せめて、そんな風に過ごせたらな……)
恋が鉄也にもたらした効果は大きかった。
この恋が成就するとは考えていない。だがこの短期間でずいぶん前向きな考え方になった。
それは鉄也の周りの友人からも評判で、特にいつもの女子グループには、鉄也を良い方向に変えてくれたとして神嶽の好感度は上がる一方だった。
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