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序章6-3

 司をよく知るクラスメイト達の情報によると、司は昼休みは中庭で過ごすというのが日課らしい。  神嶽が生徒に教えられた場所に行くと、確かに中庭のベンチに腰掛けた司が教科書とノートを広げ、勉強をしていた。  静かな図書室よりもこちらを選ぶのは、学園創設者一族のこだわりらしい自然豊かな場所ならではか。  よほど集中しているのか、司は神嶽がすぐ近くに来ても気付かない。  一人寂しくというよりは、そうして黙々と勉強やら読書やらに励む司には安易に近付けない雰囲気だった。事実、声を掛けたそうに司を見ている生徒もいない訳ではなかった。  頭脳明晰で家柄も良く、女性受けのしそうな美しい顔立ちである司は、異性からの人気はあれど同性からの評価は嫉妬ばかりでいまいちというところだったが。 「如月くん。隣、良いかい?」  神嶽に声を掛けられて、ようやく司は顔を上げた。相手が神嶽だとわかってもまったく動じない。 「ええ、どうぞ」  司は事務的に応じるとまた視線を落とし、ノートにシャーペンを走らせる。そのページだけでも、まるで彼の性格を表しているようだ。  教科書や授業の内容を何とも細かく、しかし見やすい綺麗な字でまとめてあった。  神嶽が理事長への客として学園に来た時と比べれば、すっかり雑に扱われるようになったものだ。  目上の人間に失礼な言動はとらないようにしていても、勝のように媚びるタイプではない司では無理もない。  神嶽が隣に腰掛けると、無意識にだろうが司は少し位置をずらして、神嶽と距離を取った。 「先日、優子くんから聞いたのだけれど」  楽しげな神嶽の声に、司の眉がぴくりと跳ねる。 「君から贈り物を貰ったそうじゃないか。ずいぶん粋なことをするね」 「ああ……あれは、手切れに渡したまでです。……なにがおかしいのですか?」  微笑む神嶽が司の癇に障ったようで、司は勉強の手を止め、少しムッとして言った。 「いや、ごめんよ。とてもそんな冷たい感情だけには思えなかったから」 「……確かに、後になって私もきつく言いすぎたかと反省し、彼女に同情しました。ですから詫びの一つでもとは思ったのも事実ですが……だから何だと言うんです? 友人の愛娘を傷付ける私が嫌いならば、素直にそう仰ってください」  口調こそ淡々としているものの、司はあからさまな嫌味を言う。  ただでさえ自習を邪魔されて苛々している司は、神嶽の優しげな目をじっと見つめた。そうやって、どうにか神嶽の思考を推し量ろうとしている。 (……どうも胡散臭い男だ……まったく、この若さでどうやって理事長に付け入ったのだか。もしかして、私の言動に難癖をつけて、理事長にあることないこと言い付ける気ではないだろうな)  それについては安心して良いのだが、神嶽と理事長の真の関係性など司が知るよしもない。 「嫌いだなんて、とんでもない。むしろ君のことは、誇らしく思っているよ。家の為に努力は惜しまないとても勤勉な生徒と聞いているから」 「……彼女にどこまで聞いているかは知りませんが、私はきっと、学園長先生が思うような人間ではありません。そのくらい我が如月家では当たり前のことですから」 「当たり前……か……。努力を特別なことと思わない……それが、君がいつも優秀である所以なのだね。なるほど。君の家の教育方針は実に興味深い」 「では、学園長先生の教育方針とは?」 「いや、恥ずかしい話だが、私は君ほどたいそうな理念は持っていないよ。ただ、努力は買ってでもしろなんて言うが、そんな厳しさだけが教育ではない……と、思っているだけなんだ。若いうちからいろいろなものに触れ、挑戦していくことはもちろん大切だ。けれど、その過程で無理をしてしまっては元も子もないだろう?」  善良な学園長を演じる神嶽の言葉に、司は硬い表情のまま考え込んだ。 (綺麗事を……。そうやって努力のできない言い訳をしながら好き放題に育っている人間なんて大勢いる。あげく学園を出たというだけで、人生の勝ち組などと高慢に振る舞う始末だ。今の明皇学園がどれだけ落ちぶれているか、新参者のお前にはわからないのだろうな)  冷めた態度とは裏腹に、司の心の声は馬鹿正直とも言っていいほどだ。自分は絶対に間違っていないという、確固たる自信が表れた物言いである。  もうすぐ昼休みも終わりだ。司はノートを閉じ、教科書の上に几帳面に揃えながら、ちらりと神嶽の顔を見上げた。 「学園長先生のお考えも素晴らしいとは思いますが、どうやら私とは考え方が違うようです」 「ううむ。難しいね」  きっぱりと否定する司に、神嶽は苦笑する。司は呆れたように小さくため息をつくものの、その思考は止まらない。 (……私はそんな奴らとは違う。そんな風に心の弱い人間なんて、如月家にはいらない……。私はもっと、高みを目指さなくてはならないんだ……)  どうにも、司は自身の家系というものに並々ならぬこだわりがあるようだ。  古くから続く名家であり、常に他人の上に立つエリート街道を進む者なのだからそう考えるのも当然なのかもしれない。けれども司の心には冷静ではない、諦めのような気持ちがあった。  司にとってそんな敷かれたレールの上を進むだけの人生は、不本意な部分だってあるのだろう。  しかし、それを疑問に思うという考えもない、いや、正確にはあるのだが向き合うことをタブー視していたら。英才教育と言えば聞こえは良いが、全てを如月家の人間に決めつけられ、強制されているのだとしたら。  司のその頑なな価値観を解きほぐした先には、一体なにが待っているのだろうか。 「でも、如月くん。私はいつかきっと、君とわかり合えるんじゃないかって、信じているよ」 「……そうですか。そうなれる日が来ると良いですね」  残念そうな顔をする神嶽に、司は言い返すのも面倒だというように吐き捨てた。

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