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序章7-1

 一ヶ月ぶりに地下クラブに戻っていた神嶽は、クラブの長い廊下を歩いていた。  今や明皇学園高等科で学園長の地位にいる神嶽は、一時的に滞在するホテルと学園とを行き来する生活をしている。  万一クラブの所在地を知られかねないためにも、終業後も学園関係者に怪しまれるような行動はできるだけ避けなければならなかった。  今日も今日とてクラブ内は賑わっている。神嶽が広間に顔を出すと、会員達が挨拶代わりにとシャンパンの入ったグラスを掲げた。宝石のように光り輝きながら揺らめく泡に似合わない、下衆の笑みをした連中だ。 「君、そろそろまた刺激的な宴でも開催できないものかね。わかっているとは思うが、私もそんなに暇じゃないんだよ」 「はい、申し訳ございません。次回は少々準備にお時間を頂いておりまして」  一部の会員からの小言には、鷲尾が穏やかな笑みを浮かべながら応対していた。  確かに神嶽が学園に潜入してからは、特に目玉と言えるイベントはない。この会員だけでなく、全体的にもだんだんと不満の声が上がり出してきている。会員の欲望は尽きないのだ。  だが、時にはこうした多少の退屈も必要だ。餓えていればいるほど、その後与えられる背徳の時間をより楽しむことができるのだから。  神嶽がオーナーの命令を実行に移すのにはちょうど良い頃合いだった。 「お忙しい中お待たせしてしまい大変申し訳ございません、遠藤様。次回の宴はオーナーが企画し、私が指導を担当しておりますので、きっと遠藤様にもご満足頂けると自負しております」 「し、支配人。ううむ、なるほど……。それなら、待つのも悪くはないか。うんうん、そうだな。楽しみになってきたよ」  神嶽が自ら声を掛けてやると、遠藤と呼ばれた会員は慌てた様子で、しかし満足そうに頷いてみせた。  結果的に会員の不満の捌け口になっていたところを助けられた鷲尾は、神嶽にぺこりと頭を下げた。 「おかえりなさいませ。オーナーなら、研究室におりますよ」  彼も神嶽と同じく表の仕事もきちんとこなしているであろうに、疲れを感じさせない鷲尾はやはり根っからクラブに浸かっている人間なのだ。 「今日は奴に要はない」 「それは失礼を。ですが……実は、また研究室に引きこもってしまっているのですよ。あなたのことを信頼している証なのでしょうが、食事もロクに摂らずに夢中になって……まったく、困りました」  そう言う鷲尾も大なり小なり神嶽のことは信頼しているようで、神嶽を前にするといくらか機嫌も良く、饒舌だった。  オーナーは仕事柄か生まれつきの性格からか、かなりのインドアで、少しでも興味のあることができると、他のことは全てお構いなしに研究室に閉じこもる癖があった。  肝心のクラブの仕事については、神嶽や鷲尾といったスタッフ達がよくやってくれていることから、何も問題はないのだが、それにしても放りすぎである。  天才というものは、その才能と引き替えにどこかが欠けているものだ。今では、クラブのほぼ全員からそう納得されている。  この狂ったクラブを、組織を創った張本人らしく、なんとも気まぐれな爺だった。 「もし心配であればどうか声をかけてあげてください……と、申しておきたかったんです。あなたのお言葉でしたらオーナーも素直に聞くかと思いますので」 「気が向けばな」 「あらら。なんて冷たいお方なのでしょう」  きっぱりと言い放った神嶽に、鷲尾は冗談っぽく笑う。そうすると目尻が垂れ下がり、無邪気な表情になる。 「まっ、オーナーのことはさておき、人手が必要とあればいつでもご命令くださいね。……ふふっ、俺も楽しみにしていますから」  禁欲的に見える顔をして、そこはクラブの人間らしく、彼もまた実に低俗な趣味をしていた。

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