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序章7-2 ◆序章完結。ルート分岐
「おっ支配人。つか今は神嶽さんだっけ? ご無沙汰じゃないっすかー」
スタッフ席で暇そうに煙草を吹かしていた小柄な青年は、神嶽に気付くと軽い口調で言いながら、ひらひらと手を振った。
目上の者に対して失礼極まりない態度だが、それはこの青年が普段からこういった性格であるというだけなので、神嶽も何も言うことはなかった。
クラブとはみな己の欲に忠実で、他人のことなどあまり気にしない者が多い。ゆえに各々の個性を尊重する場所でもある。
脱色と毛染めを繰り返した日本人離れした髪色に、耳だけでなく顔や身体など数えればきりがないほどにピアスをしている、ずいぶんと自己主張の強い彼。
前回の宴にも参加していた、黒瀧組の柳義之 だった。
「やっぱさぁ、神嶽さんがいねぇと、イマイチしゃきっとしないんすよねー」
「そうか」
「つかオレもそろそろ退屈で死にそうなんで、できるだけ早くしてくださいよ。蓮見に当たるのも限界があるんで」
柳は子供のように口を尖らせる。事実、彼の精神年齢は子供がそのまま身体だけ成長してしまったようなものだ。生まれた環境のせいか表社会の常識が肌に合わず、本能のままに生きているだけとも言うが。
そして柳の言う蓮見とは、幼なじみであり、五分の兄弟分でもある蓮見恭一 のことである。柳が男なら、女を犯していた方だ。
と、その蓮見もシャワーから戻ってきた。彼もつい先ほどまで広間の会員達に混じって己の性欲を満たしていたのだ。今はすっかり満足して、足取りも軽い。
ただでさえ大柄な体つきをしている上に、スキンヘッドに、室内にも関わらず分厚いサングラスを掛けていて、蓮見は柳とはまた違う方向で目立つ男だった。
「ひかりの具合はどうだ」
「ええ、ずいぶんマゾに磨きがかかりましたよ。なにせ支配人のお墨付きと聞いた会員の行列ができてしまって……俺も今日、ようやく、です。あれじゃあ、芸能界デビューできていたら成功は間違いなかったですね。本当にもったいない。ああ、可哀想なひかりちゃん」
可哀想などとは欠片も思っていないだろうに、蓮見はわざとらしく嘆き笑う。
神嶽に騙し連れて来られたアイドルの卵は、今やクラブ専用地下アイドルとして会員への奉仕を余儀無くされている。
世の中の醜い部分など何も知ることのない純朴な処女だったことがもう遠い昔のように、身も心も変えられてしまっていた。
「ひかりちゃんって、お前。キモい呼び方してんじゃねぇよ。あんなんただのブタだろうが。オレあのアニメ声マジで嫌い、耳が腐りそう」
「まあそう言ってやるなよ。次は声帯潰そうって盛り上がってたところだしよ。声が出せなくなったアイドルって、すげえ可哀想でそそらねえか?」
「ぜんぜん。つかなんだっけそーゆーのどっかで聞いたことあんな。なんかほら……童話の……なんとか姫みたいなやつ」
「適当すぎるにもほどがあるだろ。人魚姫な。って……ありゃ確か最期は泡になっちまうのか。ははっ、そりゃ良いや。細切れにしてミキサーにかけたらどうかって提案しとくかな」
人間を人間とも思わない。そんな非合法的な思考や手段を持つ者達が、あらゆる目的の為に集う場所。
ここが存在することによって、表で一定の安寧が保たれているといっても過言ではない。だからこそわざわざ反逆を企てるような愚か者もいない。
クラブは、常人の観点からすればおぞましくてたまらない世界であったが、一方ではどんな人間だって受け入れてくれる、孤独な現代社会になくてはならない拠り所だった。
「それはそうと支配人、明皇学園はいかがでしたか」
「悪くない」
「そうですか。それは何よりです」
その厳つい外見には似合わないが、蓮見は信用する人間には実に真面目で、気さくだ。クラブの実質的トップが仕事を円滑に進められていることを知り、安堵のため息をつく。
一方で、柳も目を輝かせて神嶽の顔を見た。誰に対してもそう態度が変わる訳ではない彼でも、いつも己の欲求を満たす人間を用意してくれる神嶽には、それなりに良い感情を持っている。
「なあなあオレさ、ブッ殺されながら感じてイッちまうくらい救いようがねぇマゾ奴隷が見てぇんすよ。あんただったらそんぐらい余裕で躾けられんだろ? 頼んますよ学園長センセ」
「ったくお前、男だったら何だって良いんだからあんまり支配人に我が儘押し付けるんじゃねえって」
「それはオレのチンコ過信しすぎ。オレの身体は頭のイカれたマゾ豚共をブッ壊す為にあるんだよ。つーかお前だってここ最近ずっとどういう奴隷が好みかってネチネチ語ってたくせによ。神嶽さんの前だからって良い子ぶりやがってキショいんだよ」
「うるせえな、お前だけには言われたか……ああ支配人、申し訳ありません、その、それはあくまで個人的な趣味の話をしていただけでして……」
悪戯っ子のようにニヤついた笑みで言う柳に、蓮見はうんざりと眉間に皺を寄せた。この二人、仲は良いのだがなにかと小さなことで言い争いになることも多く、そんな関係性も含めて本当の兄弟のようだ。
二人は本当は鷲尾のような正規のスタッフではなく、会員の中でもごくごく一部のVIPという扱いではあったが、いつでも自由にクラブを歩き回り、時にはクラブの仕事にも首を突っ込むことのできる特別な環境にいた。
それは黒瀧組の現組長、蓮見の祖父とオーナーが長年の友人であったからこそできることだった。組長も所詮は人間だ。他人には非情であっても、身内にはたいがい甘い。
「生贄は、もう決まっている。お前達を含めたクラブの誰もが、幾らでも金を積みたくなる逸材だ」
神嶽は淡々と、いがみ合う二人の顔の前に紙の束を見せつけた。それは事前に調査を命令し、先ほどクラブの監視員から受け取っていた資料だった。
良家の御曹司である如月司。神嶽に惚れている鬼塚鉄也。そして生徒いじめをしている教師の木村勝。
三人の資料を興味深く読み込み始める蓮見と柳に、神嶽はその内の一人の顔写真をゆっくりと指差した。
夜が明け、生贄達の日常が終わる。
これから彼らを待つのは、非日常だ。
◆
※序章完結。
各キャラルートへとお進みください。
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