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木村勝編1-1

 教員達もみな帰宅し、学園内は日中の賑わいが嘘のように閑散としていた。神嶽は、学園長室の壁掛け時計に目をやる。  神嶽は勝のこれからの教師生命を絶つものを、彼の個人用のメールアドレスに送信してあった。生徒いじめの証拠である。  彼が菅沼のことをインターネットの匿名掲示板で実に一方的な悪口でもって貶め、それを見た野球部員たちが現実世界でもいじめに走らせるよう煽っていたことは、既にクラブが調査済みだ。  そろそろ、指定の時間だ。ノックがして、神嶽は落ち着いた声で入室を促した。 「…………」  勝はデスクの前まで来ると、無感情の双眸で神嶽を睨み、押し黙っている。いつもの気さくな教師に見える彼とはかけ離れた姿だが、これが勝の本性という訳だ。  ならば神嶽も、もう勝の前で心優しい学園長の演技をする必要はない。神嶽は普段クラブで使っている人格に戻し、冷たく高圧的な態度をとる。 「メールは見たな」 「……ええ、見ましたよ。だから、学園長先生にはこれを受け取って頂きたくて」  勝は白い封筒を投げ捨てるようにデスクに置いた。それには、勝の字で『退職届』と書かれている。  それは勝の常套手段だった。明皇学園に来る前も、大学を卒業後初めて就職した地元の公立校にいた時だって、勝は問題を起こしては事が明るみに出る前に一方的に辞めていったのだ。  そうして、持ち前の明るい性格で周囲の人々を騙し、また新たな学校に赴任したかと思えば、同じことを繰り返す……病的なまでに生徒いじめに走る男だった。  これが今までの学校であれば、人当たりの良かった勝が急に辞めたいとあっては、何かやむを得ない理由があるに違いないと同情すらしてくれたのだろうが、神嶽はそのような無能な学園長ではない。  それどころか、この問題教師を学園長としてどうこうしようとしている訳でもない。 「これは受け取っておくが、お前を辞めさせるつもりはない」 「……はぁ?」 「お前には今まで通り、この学園の体育教師として働いてもらう。もちろんあのデータのことは一切口外しないから、これからも普段通り生活するといい」  意外な言葉に勝は眉をひそめたが、ああ、と呟いて唇を歪める。 「……学園長先生もやっぱりご自身が大切なんですね。あれだけご大層なことを言っておきながら、いじめも見て見ぬ振りですか」 「そうだな。俺にはいじめなど何の関係もない」  神嶽は教育者ではないし、人並みの良心さえ持ち合わせていない。それこそ菅沼や、彼を実際にいじめている野球部員たちの将来などには、微塵も興味はないようだった。  ただ、クラブの為に。どんな手を使っても勝を商品に加えるだけだ。  しかし勝だって、つい昨日までは神嶽を善良な学園長だと信じていた男だ。神嶽の豹変に、内心は困惑していた。 (俺が菅沼をいじめてる黒幕だって知ってる癖に、何のお咎めもないなんて……こいつ……一体何が目的なんだ……?) 「……金でも強請ろうって言うんですか」 「いや」 「じゃあ、正式な次期学園長を見据えて、今から学園内の問題は徹底的に揉み消すつもりとか?」 「違う」  そこまできっぱりと否定されると思っていなかったのか、淡々としていた勝の顔が強張った。思考の読めない神嶽に、みるみる内に苛々が募っていく。

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