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木村勝編1-2
そんな勝を無の表情で見つめながら、神嶽は腰掛けている椅子の背もたれに深く沈んで脚を組む。余裕の態度である。
「ただ、あのデータが俺の手元にあることは忘れるな。もしあれが漏れれば、お前はこの先、教師としては生きられない。それどころか一生、『生徒いじめをしていた最低の男』という汚名がついて回るだろうな」
「な…………っ」
「なに、もしもの話だ。お前が俺の言うことを守って大人しくしていれば、そんなことにはならない」
神嶽は小さな子供に言って聞かせるように、改めて言葉で脅してやる。さすがの勝もそれには息を呑んだ。
じっと刺すような視線が、勝の瞳を射抜く。負けじと不快感を露わに神嶽を見つめていた勝だったが、やがてその重圧に耐え切れなくなって、ふいと目を逸らした。
「……ふざけんなっ……。そ、そもそもあんなの、いじめじゃない。そうだ……俺は事実を言ってやってるだけだ……」
勝は切羽詰まって、開き直り始めた。神嶽に敬語を使うこともやめ、かなり動揺していた。
「なにが自分を変えたいだ……トロいし、何やっても大してできねぇくせに、野球をなめてるとしか思えない……。なのに泣くどころかヘラヘラ笑いやがって。あいつの存在なんか、気持ち悪いだけだ……」
消極的な菅沼の性格上、何か失敗をしても、練習が辛くとも、表向きは笑っていることが多いのだろう。そんな健気な態度が、勝には気に入らなかった。それだけの話だ。
たった“それだけ”の理由で、何の非もない菅沼は毎日のように精神的苦痛を与えられている。勝はつくづく、逆恨みも甚だしい男だった。
「実際、野球部員達は共感してくれてるんだぜ!? だから、俺の書き込みだって仲間内の誰かのものだろうと思ってやってんだろ! 俺は別にいじめようだなんて書いてないのに、勝手に勘違いして、勝手に行動に移して……本当に……馬鹿ばっかでうんざりするんだよ……!」
語るうち、勝はたまらず声を荒げていた。そうやって自分を正当化ばかりして生きてきたのだ。
生徒が勝手にやったこと。だから自分には関係がない。
勝には責任能力など皆無だ。
「お前が菅沼を嫌う理由など、どうだっていい。お前は、何より保身の為に、俺の言うことを聞かざるを得なくなる」
「なんで……。なんで、あんたは、俺を脅す必要があるんだ……そんなことして、あんたに何のメリットが……」
怯んだ勝に、神嶽は決定的な言葉を言い放つ。
「目的は一つ。お前が俺に犯されること」
その無機的な声に、勝はぎょっと目を見開いた。
あまりにこの場に似合わない言葉に、神嶽が言ったことを理解するのに少し時間が掛かった。
(……お、犯す……犯すって……まさか……)
勝にとって信じがたい結論に辿り着き、たち
まち勝の顔は紅潮した。怒りの他に、微かな官能の色を帯びて。
「……あんた、頭おかしいんじゃないのか!? 俺は男だぞ!?」
「ああ。見ればわかる」
神嶽が平然と言えば、勝は驚きのあまり口を開けたまま言葉が出なかった。
(意味わかんねぇっ……全部、そんな馬鹿みたいなことの為に調べたってのかよ……!? この変態学園長っ……!)
勝は言い返すこともできず、ただぐっと拳を握り締める。
勝については、今までの行いを悔い改めさせる必要はない。
泣いて謝罪すれば赦されるような生易しいことはされず、自分はただ貶められるだけの存在なのだと、その身に嫌というほど教え込まれるのだ。
神嶽に、クラブに標的にされるということは、そういうことなのだから。
生徒いじめが発覚し、社会的制裁を受ける方がどれほどマシだっただろうか。どこまでも身勝手な勝が知るはずもなかった。
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