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木村勝編7-1

 良家の子息子女が多く通う明皇学園でも所詮は人間、泥や汗といった青春の臭いは庶民と同様に染み付いてしまうものである。  そんな放課後の野球部の部室。近年、勉強だけでなくスポーツも力を入れるようになった明皇でも、やはりメジャーな野球部は人気が高く、部員の数はそれなりに多い。  上下関係もはっきりとしていて、傍から見れば、これから先社会に出ていく上で必要なことが自然と身につく、実に健やかな場所。  故に、既に築き上げられている雰囲気をわざわざ乱そうとする者がいないのも現実であった。  練習が終わり、着替えを済ませた生徒たちを勝も見送った。振り返って、まだ一人残っている生徒に目をやる。  着替えは終わってはいるが、隅に位置する自身のロッカーの前でうずくまり、ペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら休憩している。他の部員達に比べて小柄な彼は、元気がなくため息がちだ。 「どうした菅沼? 帰らねぇのか?」 「い、いえ、すいません、ちょっと休んでただけです。最近なんだか……疲れてて……」  菅沼がそうなるのも無理はない。勝の凌辱の陰で、彼のいじめは一向に止みそうになかった。  ネット上で勝が煽ることこそなくなったが、一度ついてしまった加虐の火を全て消し止めることは難しい。  菅沼自身が声を大に助けを求めない以上は、誰か代わりの生贄を差し出すか、飽きられるか、受験でそれどころではなくなるのを待つほかないだろう。 (これは……部活……いや、下手すりゃ学園にも来なくなっちまうかもな。……ふん、だから何だってんだ……? 俺は、こいつなんかよりも、もっと……)  自分の方が不幸な目に遭った。そして現在もまた、神嶽のせいで地獄のような日々を送っている。  ここまできても同情心など湧かず、勝の歪んだ価値観では自身を棚に上げることしかできない。どこまでも自己中心的な男である。 (大丈夫だ……俺は変わってない……こ、今度だっていつかは逃げられる……まだ……大丈夫……)  勝もまた、今の自分を形成した学生時代のように、狂った日常からの現実逃避を続けていた。 「木村先生ー? 木村先生は、っと……ああ、良かった。まだ残っていましたか。ちょっとご用がありまして……」  神嶽はあくまで勝に仕事の用があるような振りをして、白々しく声を掛けながら入って来た。勝の顔が一瞬にして凍りつく。 「おや、菅沼くんもいたのか。……うん? 具合が悪そうだね。大丈夫かい?」  菅沼は緊張した様子で顔を上げた。勝も居心地が悪そうに顔を背けながら、神嶽が何か余計なことまで言い出さないか横目でチラチラと見ている。  菅沼のように大人しい人間は、頼まれれば断れない節がある。学園長ともあろう男が親身になって協力を約束してやれば、自身の悩みだって洗いざらい吐いてしまうだろう。  しかし神嶽はこの問題を解決するつもりはないようである。 「あ、いえ、ホントに少し休憩してただけなんで、平気です」 「そうか……すっかり暑くなってきたし、不調を感じる時は無理せずゆっくり休んでおきなさいね。それじゃ、また明日」 「はい……さようなら」  神嶽に笑顔を向けられると、菅沼も気を遣ってそそくさと出て行った。菅沼の姿が遠くなると、勝はひとまずほっと胸を撫で下ろしていた。 「……さて、勝」  神嶽の声音がもはや聴き慣れた冷淡なものに変わり、それだけで勝の身体は緊張する。 「下を脱いでそこのベンチに仰向けで寝ろ」 「こ、ここで……?」 「ああ。今日はプラグが入っていないからとても見せられないという訳ではないだろうな」 「そんなことねぇっ! 入れてるよっ! ぅ──く、クソッ」 (な、なに言ってんだよ俺っ……はぁ……なんだって俺がこんなことに……)  神嶽の目が僅かに細まったのを見て、勝は慌てて反論した。しかし調教を受け入れている現実を意識してしまうことにもなり、悔しそうに俯いてしまう。  勝は先の見えない不安から、神嶽の命令を呑んだ後も、初めの方はあまりの苦しさに音を上げて自らプラグを外してしまうこともあった。  神嶽の脅迫を思い出し、再びプラグの挿入を試みても、一人では痛みや恐怖が勝ってしまった。自分でアナルを弄る真似も考えはしたが、それはあまりの情けなさになかなか思うようにはいかなかった。  そういう時は、背に腹はかえられないと恥を忍んで神嶽に入れてもらうようになり、ようやく少し余裕を持って生活できるようになってきたのがつい最近である。  そうはいっても、異物を入れた状態のまま仕事をしなければならない羞恥心にはまだまだ慣れることはなかったのだが。  渋々やっているだけで本当はこんなことはしたくないのだと、改めて抗議するように深々とため息をついてから、勝はジャージの下を脱いで固いベンチに横たわった。

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