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木村勝編END-1

 詐欺、強盗、殺人。そうした犯罪は後を絶たないが、近頃は、同じニュースが世間を騒がせていた。  とある男性教師の失踪事件。  実の弟が音信不通になった兄を心配して彼の自宅アパートを訪れたところ、既に空き部屋となっていて、大家も引越し先までは聞いていないと、困惑の様子であった。それきり、彼の足取りは途絶えてしまった。  すぐに捜索願は出されたが、両親はもちろん、友人や同僚も、誰一人彼の居場所を知る者はいなかった。  どうやら勤務先の学園を辞めた後に、何らかの理由で姿をくらましてしまったのではないかと考えられている。  しかしそれは、彼が短いながらに名門校に関わっていたこと、そして元甲子園球児という輝かしい功績を残した人間であったことが、マスコミの格好の餌となる。  何か事件に巻き込まれたのだろうか、それともやましいことでもあったのだろうか。  そんな風にコメンテーターや視聴者の間では様々な推測が飛び交い、ちょっとした推理遊びのようだ。  兄を想うばかりに、マスコミにも真摯に対応していたまだ成人を迎えたばかりである弟までも、いつしか一方的に追い回されるようになり、これでは誰が被害者かわからぬ悲惨な光景も見られるようになった。  その間も警察の捜索は続くが、手掛かりの気配すら見付からず、今では神隠しなどと題した低俗な週刊誌さえ出回っている。  クラブへ向かう車内に設置されたテレビから流れる報道番組で、彼の弟が涙ながらに悲痛な心境を語る様を、神嶽は冷たい表情で眺めていた。  神隠しにあった教師は、もうどこにもいない。  教師────そう、人間は。  神嶽がクラブに着くと、真っ先に一人の男が近寄ってくる。 「ご無沙汰しております、支配人」  久しく会っていなかった鷲尾が、相変わらず恭しく頭を下げる。  明皇学園での一連の仕事を終えた後、神嶽は別の案件でしばらくクラブを留守にしていた。  名を変え、職を変え、それに伴った外見をしている今の彼は、神嶽修介を名乗っていた男と同一人物と呼ぶには、少々疑問を覚える風貌だ。  仕事を円滑に進めるため、かつて演じた学園長とは全く別人の人生を歩んでいるせいだろう。事前に知らされていなければ、スタッフでさえ見ただけでは彼と気付けぬかもしれない変身ぶりだった。  VIPルームへ通じる廊下を二人で歩きながら、神嶽は鷲尾が話す近況を頭に入れる。 「いやはや、オーナーには参りました。いい加減静かに余生を過ごしてくれるものと思っていましたのに、更に改良できる余地を見つけたとかなんとかで妙に張り切ってしまって……結局、まだまだ現役を続けるそうです」 「なるほど。オーナーらしいことだ」 「個性的であるのは構いませんが、事前の相談もなく突拍子もないことをやらかす癖だけは本当に問題ですよ。少しはあのクソジジイに振り回される俺の身にもなっていただけませんかね」 「そうは言うが、俺にはお前もこの日常を楽しんでいるように見えるがな。奴が隠居してしまっては、刺激が減ってつまらんだろう」 「…………」  どうにも痛いところを突かれ、鷲尾は感情の起伏に乏しい神嶽の顔を一瞥した。  幼い頃からこの施設で仕事をしてるせいか、大抵のことには動じない怖いもの知らずであるが、オーナーと同じく、彼の考えはまったくわからないと言っても過言ではなかった。  現状に満足している以上は反逆する気も毛頭ないが、この男だけは今後も敵に回したくはない、と鷲尾は肩を竦めた。 「……やれやれ、やっぱりあなたには全てお見通しか。申し訳ありません、いささか主題がずれましたね。では次に、例の木村勝についてですが」  世間を騒がせている教師──木村勝が失踪してから、実に半年の月日が経過していた。 「彼を専属奴隷にしたいと希望される会員様は多数いらっしゃいますが、現在はあなた様のご命令通りに飼育しておりまして──」  獣姦の饗宴を経て、勝は奴隷としての価値をも無くしたかと思われた。  だが、会員達は勝の尊厳を人間から程遠いところまで引きずり下ろしただけでは飽き足らず、今度は“家畜”として、改めて調教してみたいとの声が上がり始めた。  そうして、今日までクラブに監禁されている勝だが、会員達の独占欲も芽生えるもので、それに応じた稼ぎもまた上々であった。  神嶽がいったんここへ戻って来たのは、現在の勝の様子見と、彼を“購入”することになる会員の品定めが目的だった。  何も問題はない。見世物は今日で終わるというだけのことである。

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