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木村勝編END-4 ◆完結

 常人では目を背けたくなるような行為の数々も、勝の新たな日常のほんの一幕である。  神嶽の言い付け通り、勝は生かされもせず、殺されもせず、正に生き地獄を味わっている。  どんなに殺して欲しいと頼んでもその願いは聞き入れられることはない。  手酷く犯され、身体が限界を訴えるようになれば、使い物にならなくなるギリギリを見計らって病棟に移され、癒されてしまう。そんな毎日の繰り返し。  しかし、どんなに素晴らしい奴隷であろうがいつかは飽きられてしまうのだから、クラブとしてはそうなる前に、是非にと金を積んでくれる顧客に売り飛ばしてしまうことが手っ取り早い商法であった。  自らが参加する訳でもなく、ひたすら見物に徹している神嶽の傍らに、鷲尾が寄って来て言う。 「……この通り、大変ご満足いただけておりますが、これもいつまで持つか」 「ああ。やはり潮時だな」  近くで自身の運命を決める会話が交わされていることも、今の勝の耳には入らない。  そろそろ今日の精気も尽きてきたか、勝からは弱々しい吐息が漏れるのみとなってきた。  しかし身体は凄まじいオーガズムを感じているようで、ビクビクと打ち上げられた魚のように不気味な痙攣を起こしている。 「んほおおぉぉっ……うげぇっ、ぐっ、ふぁっ……く、くぅんっ……」  半ば意識朦朧の中、今にも絶息しそうに喘ぎ続けるその声は、まるで本当の犬が哀願するかのようだ。すっかり家畜らしくなったものである。 「まったく、こんな目に遭っているというのに上から下からこんなに涎を垂れ流して悦んでいるよ。ほらどうだ? 楽しいか? フフフ、犬なら犬らしく鳴いてみなされ」 「ヒッ、ひぐっ、わ、わうっ! わふぅんっ!」 「ははは。今のは大型犬といったところですかな」 「僕は小型犬の方が好きなんだがなぁ……」 「ハァッ、ハーッ……きゃうっ、くふうぅんっ……!」  会員それぞれもまた、したいように勝を嬲っている。  言動の好みは千差万別であるが、その中で少しでも金を出して権利を買い、自分色に染めてやることが会員達のステータスとなっていた。  することがなく暇を持て余したジャックは、見慣れたスタッフと一緒にいるのにも飽き、構って欲しそうにのそのそと神嶽の足元へとやって来た。  その場にお座りをし、神嶽に頭を撫でられると、巨体に似合わず媚びるような声で「クゥーン」と鳴いた。  人間の身勝手な都合で生み出されたおぞましき怪物も、こうしていては普通の犬と変わらぬようである。  勝の虚ろな目が宙を仰ぎ、そんな気紛れのジャックをぼうっと追った。その一瞬、勝は神嶽と目が合った。 (は、ひっ……? なんだか、誰かに似て…………あぁ……が、学園長……? 学園長だあぁぁぁっ……!)  あの宴以降、神嶽は勝の前に一切姿を見せていない。  このクラブに定期的に来ているのか、今どうしているのかさえ勝には知らされていなかった。  彼に脅迫されての凌辱生活は、勝にとって本当に生きた心地がしないでいた。  恐ろしかった。恥ずかしかった。惨めでたまらなかった。そんな風に身体を作り変えた彼が、心の底から憎かった。一時は本気で殺そうかと危険な思考に陥ったほどだ。  なのに、いざ彼がいない未来を想像すると、勝の視界は真っ暗闇に包まれた。指導者を失い、自分一人では、もうどうしていいかわからなくなった。  どれだけ会員らに弄ばれ、肉体が喜悦に悶えても、心だけはいつまでも、満たされなかった。  堕ちきった家畜奴隷はいつからか、最も怨んだ凌辱者に恋慕にまで似た感情を抱いてしまう始末であった。 (あはっあはははははっ……俺ぇ……幻覚まで、見るようになっちまって……もう……駄目だぁ……)  それ故に、目の前にいるのが正にその神嶽本人などとは、微塵も考えはしなかった。  毎日のように見る、本当の主人が迎えに来てくれる夢を、きっと今も見ているだけ──ならば全身全霊でその幸福に浸ろうと、涙を流して喜んだ。 (あぁぁああぁぁぁ……俺のご主人様は……学園長だけっ……俺、忘れないから……どんなに狂っても、学園長のこと……)  ふっと勝が笑った。それは歪んだものではない、彼本来の温かな笑みのようだった。  崩壊寸前の彼から紡がれたのは、ごく僅かな、切なる思考。 (……俺の心は、学園長だけのものだから……!!)  ────ブチン、とブレーカーが落ちるような音がした。 (────────)  勝の心から言葉が聞こえてくることはもうない。自ら完全に閉ざしてしまったのだ。  どれだけ身体を犯されようが、心だけは、神嶽以外の誰にも渡さない。  勝が最後の最後に逃げ込んだのはやはり、神嶽の元であった。  そうやって他人に心までを明け渡し、忠犬を演じていれば、彼はいつまでも可哀想な自分に酔いしれることができる。  呆れるほどの根性をした男である。  だが、逃げるにしてもそれだけの強い意志があれば、これから先もこの不条理の中で生きていけることを神嶽は知っている。  神嶽は鷲尾に小声で言った。 「買い手の最有力は世良だな」 「はい。一目見た時からご執心でいらっしゃいましたが、近頃愛犬を亡くされたそうで」 「今夜中に引き渡して構わない」 「かしこまりました」  鷲尾は一礼してその場を離れた。売買の手続きをする為だ。  今すぐにでも神嶽が正体を明かせば、勝はまた閉ざしたばかりの心を簡単に開き思考を爆発させるところだろう。  しかし、その必要はない。勝がそれを選んだのだし、彼は神嶽の所有物などではないからだ。  したいようにすればいい、とでも言うように神嶽が首を傾げる。  神嶽はただただじっと、何の感情も持たない眼でその犬の淫猥な姿を眺めていた。

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