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鬼塚鉄也編1 ※甘々
放課後の屋上、神嶽は鉄也を呼び出していた。
同性とはいえ気になっている男性からの直々の呼び出しだ。鉄也はそれを喜んで受けた。
しばらくして、屋上で唯一の扉が開き、鉄也がやって来た。
鉄也は神嶽を見た途端に頬を赤らめ、視線を逸らしてしまう。
神嶽が心を読まずとも、どんな話をされるのか気になって気になって仕方なく、今日は一日中授業もろくに頭に入らなかったのだとわかる。
それほどに鉄也は、すっかり神嶽のことになると弱くなっていた。
「わざわざこんな所に呼び出してすまなかった。できるだけ、二人きりになれる場所で話がしたくてね」
「い、いえっ、大丈夫です。それで……あの……僕に話って、なんですか……?」
鉄也はもじもじと前に回した手を遊ばせる。独特の空気から、何故神嶽が鉄也を呼んだか、既になんとなくは察しているだろう。
ただ、それを確信できるほどの自信を、鉄也は持ち合わせていない。
鉄也に関しては、何も問題はなかった。彼の恋はいとも簡単に実る。そして、そう長くない内に終わる。
神嶽は正面に立つ鉄也をまっすぐに見つめた。嘘の一つもつくことがなさそうに見える、実に真面目な顔つきだ。
「鬼塚くん。いや……鉄也。私は君のことを、生徒ではなく一人の人間として……好きになってしまったようだ」
鉄也は驚いたように目を見開かせた。
「えっ…………好き、って……」
「そのままの意味だよ。気持ち悪いと思うかもしれないが……私は、君のことを……愛している」
「っ…………!」
(そんな……うそっ……学園長先生が、僕のことを……?)
鉄也は言葉に詰まり、黙り込んでしまった。特別な感情を抱いているのは自分だけだと思っていたところに、この告白である。俄かには信じられなくて当然だ。
鉄也の黒目の大きな愛らしい瞳からは、じわりと涙が溢れていた。
「ぼ、僕……僕も…………学園長先生のことが……」
鉄也はぽつぽつと呟くようにしてなんとか返事をする。神嶽は、そんな鉄也の華奢な身体を抱き寄せた。
「せ、先生……」
「嫌だったら、ごめんね。嬉しくて……思わずこうしたくなってしまったよ」
鉄也は慌てて首を横に振った。やがて弱々しい手つきで腕を神嶽の背に回し、柔らかく抱きしめ返した。
(ああっ……抱きしめられてこんなに心地いいなんて……。やっぱり僕……先生のことが好きなんだ……)
神嶽の温もりをダイレクトに感じることができ、改めて自分の気持ちを理解した鉄也は、我慢できずに声を上げて泣いていた。
「泣くほど嬉しいのかい?」
「だって……! 僕、先生と両想いになるなんて……絶対、無理だって、思っ……! ぐすっ……せん、せい……ありがとう、ございますうぅっ……」
神嶽が鉄也の零れた涙を指で拭う。涙が伝った頬を撫で、キラキラと潤むその澄み切った瞳を、愛おしそうな演技をしながら見つめる。
「キス……しても良いかい?」
「あ……」
ぎこちなく首が縦に振られ、鉄也は静かに目を閉じた。神嶽は頬から顎に手を滑らせ、そっと掬うと、顔を近付けていく。
「んっ……」
互いの唇が触れた瞬間、鉄也が鼻にかかったような声を上げた。神嶽の胸板に置いた手が、微かに震えている。
(こ、これが……キス……好きな人と……学園長先生との……)
愛を確かめ合う行為に、鉄也は感極まった。神嶽が優しくついばむようにして何度か唇を合わせてやると、鉄也の緊張した身体は徐々に力が抜けていった。もうなすがままである。神嶽は鉄也を再び抱きしめる。
「先生……好きです……大好きです……」
(夢じゃないよね……先生、あったかい……)
神嶽の胸に頬ずりをするようにしながら、鉄也がか細い声で呟く。
晴れて恋人となった神嶽との甘い時間に、鉄也はすっかり酔いしれていた。
二人はベンチに腰掛けて、互いに手を握り合っていた。
口付けにしろ、鉄也の了承を得られないことは決してしない紳士的な神嶽のやり方に、鉄也は安心しきっている。
クラスメイトの男子だけでなく女子でさえ、恋人との性行為はどうだったとか、はしたない話題で盛り上がっていることについていけない純粋な鉄也にとっては、そんな神嶽は大人の余裕というものを感じられ魅力的だった。
「……ううーん。しかし、困ったね」
ふと、神嶽が呟いたことに鉄也は不安そうな顔になって、握る手に力を込めた。
「私から告白しておいて言うのも何だが……私達は、秘密の関係ということになるよね。もちろんおおっぴらには恋人らしいことはできないが……それでも、付き合ってくれるかい?」
「……は、はい。それは、ちゃんとわかってます……。でも、先生こそ……本当に僕なんかで、良いんですか……?」
「うん。他の誰でもない、君が良いんだ」
神嶽の力強い言葉。それに後押しされたように、鉄也は律儀にぺこりと頭を下げた。
「……こちらこそ、これから、よろしくお願いします」
まるで結婚の挨拶のようである。神嶽は嬉しそうに笑って、頭を撫でてやった。
そのまま鉄也の肩を抱き寄せると、密着したまま、二人は茜色に染まった夕焼け空を眺めた。
(綺麗……先生と一緒だから、余計にそう思うのかな……)
その日の沈みゆく太陽は、鉄也の目にはこれまでに見たどんな景色よりもロマンチックに映った。
眩しく光輝くそれは、だんだんと夜の闇に飲み込まれていく。なんとも幻想的だが、見ようによっては世界の終わりのような禍々しい色でもある。
それがまるでクラブに堕ちる自分のようだとは、まだ甘い夢を見ている鉄也が思うことはなかった。
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