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鬼塚鉄也編2-1 ※甘々

「あっ……」  一限の授業の準備をする傍ら携帯に着信があったことに気付いた鉄也は、メールを確認するなりぽうっと頬を染めた。 『放課後の件、楽しみにしているよ』  ディスプレイに表示されていたのは、短いながらに鉄也の心を踊らせるそんな言葉。神嶽からのメールであった。  連絡先を交換し、毎日暇を見つけては言葉を交わしても、秘密の関係である二人が直接触れ合って愛を育める機会は限られている。  そこで、神嶽から学園内での背徳の密会を持ちかけられれば、恋という熱に浮かされた鉄也に断る選択肢などない。 『はい、僕も楽しみです』  そう返信しながら、ついついにやけ顏を抑えられない鉄也。それを隣の席の女子生徒に指摘されると、嘘の付けない鉄也はどうにも上手い理由を言えずにどもってしまう。  しかし今の鉄也が恋をしていることくらいは女子の間では周知の事実である。「なんだか嬉しそうだね」と微笑まれると、鉄也は改めて初恋が実った幸せを噛み締めた。  放課後になると、鉄也は他の生徒や教員に見られないようこっそりと学園長室へやって来た。  恋人となってから、二人きりで会うのは今日が初めてだ。早くも甘くとろけた雰囲気を纏っている鉄也に、神嶽も厳格な教師の表情から、想い人に対するそれに変えて歓迎した。 「ちゃんと授業は受けられた?」 「は、はい……」 (ほ、ほんとはメールが気になって、あんまり頭に入らなかったけど……) 「うん? その顔は、集中できなかったって顔だね」 (あ……ば、ばれちゃった……)  そんなにわかりやすい表情をしていたのかと、どきりと胸を高鳴らせる鉄也。教師の言うことも、友達と話していても、今日は一日中何をするにも上の空であった。 「私のせいで君の成績が下がるようなことがあれば本末転倒だから、ほどほどにね。……まあ、かく言う私も君のことで頭がいっぱいだったのだけれど」  神嶽が照れ臭そうに笑う。そんな神嶽の優しい笑みが見られただけで、鉄也は決して興味のあることばかりでない授業を受けてきた甲斐があったというものである。  鉄也はまた、手作りのお菓子、今日はカップケーキを持ってきていた。少しでも神嶽に喜んでもらいたいという、ささやかなプレゼントだった。  神嶽もそれに合う紅茶を用意して、二人きりのティータイムを楽しむ。  前とは違い、二人で同じソファーに座り、寄り添って談笑し合う姿は、なんとも微笑ましいものだ。 「先生、なんだかお行儀悪いですよ? そんな風にがっつかなくても、まだたくさんありますから」 「おっと……いや、失敬。君が作ってくれるものはどれも本当に美味しいから、ついつい、ね。参ったな、君の前だから格好付けていたかったのに」 「えへへ……先生って、意外に恥ずかしがりやさんなんですね」 「そう言わないでくれよ。……でも、君の前だからこそ、安心してこんな姿を見せられるのかもしれないな」 「せ、先生……」 (先生がそんなに僕のことを想ってくれてるなんて……こんなに大好きな気持ちでいるのは、僕だけじゃないんだ……あぁっ、嬉しい……)  自分は彼にとって特別な存在。そんな優越感は鉄也の思考をいとも簡単に支配する。  神嶽はぽうっと見惚れている鉄也の腰に手を回して抱き寄せると、耳元で囁いてみせた。 「……鉄也。せっかく二人きりになれたんだ……少しだけ、こうやって……恋人らしいこともしたいな」  改めてそう言われると、神嶽との関係を自覚した鉄也の顔が火が出るように赤くなる。  教師と生徒、必要以上に交わることのない距離。それが今はこうして互いに大切な存在となっている。 「う、うぅ……恥ずかしいけど……はい、わかりました……」  こうも誰かに求められたことは鉄也の人生において初めての出来事だろう。  だからこそ頼まれれば断れないところもあるが、神嶽が相手では何事も惚れたものの弱みとして都合良く受け取ってしまう。  鉄也の目の前に、神嶽の顔が迫る。神嶽の意図がわかると、鉄也は両手を膝に置きそっと目を閉じた。  憂鬱な表情に拍車をかける八の字に下がった眉は、この状況ではなんともいじらしく映る。

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