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鬼塚鉄也編4-1 ※甘々、いじめ描写

 四月には神嶽が新学園長として挨拶もした広い体育館で、床と靴底の擦れる音が響いている。  六限目のここでは、鉄也のクラスが体育の授業を行っていた。今日の授業はバレーボールだ。  試合終了のホイッスルが鳴ると、一方のチームは喜びの声を上げたが、もう一方では真っ先に体格の良い男子生徒の怒号が飛んだ。 「鬼塚! お前何やってんだよ! お前が下手なせいで負けただろ! チームプレイだってわかってんのか!?」 「ご、ごめんなさ……」 「いっつもそうじゃねぇかよ、ほんと使えねぇ! だいたいお前、フォームもなよなよしてて気持ち悪いんだよ! 女とばっか一緒にいるからマジでカマみてぇになってんじゃねぇの!?」 「おいおい……鬼塚ばっかり責めてやるなって。みんな失敗はあるもんだろ? これも課題が見えてきたってことでさ…………ああほら、もうこんな時間だ。お前ら、今日の授業はここまで!」  仲裁しようと割って入ってきた勝の合図で、生徒達は散り散りになっていく。  短気にも鉄也に苛立ちをぶつけていた男子生徒は、鉄也を憎らしそうに睨み付けて背を向けた。  勝はバツが悪そうに頭を掻きながらため息をついた。自分の授業がこう険悪な雰囲気のまま終わるとは、勝も想定外の事態だったのだ。そうして、隣で縮こまる鉄也に視線を移す。 「うーん……鬼塚、お前が運動苦手なのは俺もわかってるつもりだけどよ、確かにもう少し練習は必要かもな? まっ、やる気さえありゃ何とかなるって! 頑張れよっ」 「は、はい……すみません……」  一見すると頼り甲斐のある爽やかな笑みで、無責任な言葉を投げかける勝に、鉄也は心底申し訳なさそうに頭を下げた。  周りの男子達が楽しげに喋りながら、あるいは疲れたと愚痴を言いながら帰って行く中、鉄也は一人、体育倉庫でボールを片付けていた。その表情はなんとも憂鬱だ。  鉄也は女子の友人こそ多かったが、男子の友人は少なかった。  何の下心もなく女子とばかり行動を共にしている鉄也は、男子からすれば嫉妬の対象だ。同性で友人と呼べる人間は、本当に司くらいしかいないようなものである。  ただでさえ同性が苦手で、かつスポーツも得意ではない鉄也にとっては、この時間はさぞかし嫌なものだろう。  それを指導する教師が、根性論でものを語るいわゆる体育会系の勝というのも問題だった。 (今日も失敗ばっかりで迷惑かけちゃった……けど……あんなに強く言わなくっても……。はぁ……みんな修介さんみたいに優しい人だったら良いのにな……。会いたい……会って元気付けてもらいたいよ……修介さんっ……)  気持ちが落ち込んだ時に浮かぶのは、恋い焦がれる男の名前だ。  同性が皆、あんな風に粗暴な人間ばかりではないことを実感させてくれた男。ありのままの自分を愛してくれる男。アナルバージンを捧げた男──。  神嶽の存在は鉄也の中で日を増すごとに大きくなっている。  片付けも終わり、出入り口を振り返った鉄也は息を呑む。 「あ……修介さん……!?」  そこには正に鉄也が思いを馳せていた張本人、神嶽が立っていたのである。  突然の訪問に、鉄也はまるで救世主でも現れたかのように目を輝かせた。 「やあ。お疲れ様」 「ど、どうしたんですかっ?」 「いや、どうということはないのだけどね。なんとなく、君に会いたくなって。この時間はここだろうと思ったから、我慢できずに来てしまったよ」  照れたように笑う神嶽に、鉄也もつられて頬を染める。 (僕も会いたかったけど、修介さんもだなんて……。えへへ……なんだか以心伝心みたいだなぁ……)  神嶽が鉄也の考えを本当にわかっていることなど、常識的にはありえない話だ。  鉄也はこれも愛ゆえの不思議な巡り合わせだろうと、それが全て偽りとも知らず、心の中で至福に浸る。 「うん? 浮かない顔をしているね。何かあったかい? 体育は楽しくなかったのかな」 「あ……いえ……た、大したことではないんです。ただ……僕、運動が苦手で……そ、それで、ちょっと……怒られちゃって……。けどっ、別に……いつものことなんです……あはは」  神嶽のおかげでだいぶ明るくなった鉄也とはいえ、嫌なことがあった後はさすがにその声音にも元気がない。神嶽に余計な心配をかけまいと乾いた笑いをこぼしてみせるが、そういうところが同級生らの癇に障るのだろうとは、鉄也は微塵もわかっていない。  神嶽は無理をしている恋人を前にし、心配そうな表情になる。 「君がそう落ち込むなんて、酷い言われ方をしたのではないのかい?」 「そ、それは……その……」 「図星、だね。まったく……そう思いやりのない子の言うことなんて、あまり気にしてはいけないよ」 「……は、はい……。でもっ……修介さん、僕……修介さんが来てくれて、ちょっと元気が出ましたから……」  言いながら、鉄也の顔は更に赤くなった。まるで熱に浮かされたようである。  神嶽はそんな鉄也の頭をよしよしと優しく撫でた。

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