人の手で肩を揺すぶられて、鉄也は目を覚ました。 「んっ……もう、着いたんですかぁ……？」 　てっきり神嶽に起こされたのだと思い、鉄也は油断しきった甘い声で聞く。 　だが、自身が置かれた異常事態に気付くのにそう時間はかからない。 「えっ…………」 　身体に違和感を覚えた鉄也が弱々しく視線をやると、両手首と足首を鎖で拘束され、ベッドの脚に固定されている。神嶽とのデートの為に張り切って着て来た服も全て剥かれて、生まれたままの姿だ。 　なによりおぞましいのは、神嶽だと思っていた男が見知らぬ屈強な青年──蓮見であったこと、鉄也の周りをぐるっと大勢の悪趣味な仮面を被った会員達が取り囲み、発情し切った目で見つめていることだった。 「うそ……。やだっ、なに、これぇ……！？　いやっ、見ないでっ……！」 　その異様な光景に、鉄也は萎縮し、一糸纏わぬ身体を少しでも隠そうと身じろぐが、逃げることなどできはしない。 　ハッとして辺りを見回すと、眩暈のするような真っ赤な壁紙や絨毯、高価そうなシャンデリア、骨董の数々。ここはクラブのVIPルームである。 （どうしてっ！？　なんでこんなことにっ！？　だって僕、修介さんとお食事に行くはずで……あっ） 「し、修介さん！？　修介さんどこぉっ！？」 　さっきまで隣にいたはずの神嶽がいないことに言いようのない不安を感じて、鉄也は彼の名を叫ぶ。 　欠片も想像していなかった展開に、鉄也はもうパニックである。 　予想通りとも言った反応に、蓮見は楽しげに口元をにやけさせている。大きな図体に似合わず、鉄也のような愛らしい顔の少年を特に好んでいる男だ。 　今回は会員達は主に見物だけで、蓮見だけが鉄也に触れ、犯すことを許されているから、この無垢な少年の調教に参加できるとあって優越感にも浸っている。 　怯える鉄也の様子をしばし静観し、神嶽がやって来た。その後ろには鷲尾も恭しく付き従っている。 「修……っ！　介……さん……？」 　神嶽の登場にぱっと目を輝かせた鉄也だったが、まるで悪魔が乗り移ったかのような不気味な雰囲気に、語気が弱まった。 　今の神嶽は、鉄也がよく知っていた善良な学園長ではない。この地下クラブに君臨する冷酷な男の表情である。 「皆様、お待たせ致しました。哀れな生贄も目が覚めたことですし、ただ今より本日の宴を始めさせて頂きます。この麗しい純愛を育んできた少年の恋が散る瞬間を、是非ともお近くでご覧くださいませ」 　鷲尾が人懐っこい笑みを浮かべながら口上を述べ、神嶽も支配人らしく一礼してみせた。 　会員達から拍手が湧き起こり、蓮見に対し「よっ恭一坊ちゃん」「羨ましいねぇ」「しっかりやれよ」なんて声がちらほらと上がった。黒瀧組の組長を祖父に持つ彼は、会員達とも親しい付き合いだ。 　その非情なやり取りを、鉄也はまるで別次元の話のように聞いていた。 （な……なにが始まるのっ！？　ま、まさか僕っ、この人に……！？） 　好みの男を前にして興奮した蓮見が大きな手で太ももを撫でると、肌がブツブツと粟立ち、鉄也の顔からぞっと血の気が引いた。 「嫌あぁぁあああああっ！　修介さんっ！　修介さん助けてっ！　何なのこれっ、どうしてっ、ねえ修介さあああああんっ！！」 　神嶽は何も答えない。鉄也はわなわなと震えながら、涙ぐむ目を白黒とさせる。 「あぁぁぁ……修介さんっ……僕、やっぱり……気持ち悪かったですかぁ……っ。嫌いになっちゃったんですかっ……？　悪いことしたなら、謝りますっ……修介さんがして欲しいこと、何でもしますっ……。だからお願いですっ……助けてくださいぃぃっ……！」 　涙声で助けを乞う鉄也に、神嶽はただただ、無感情の目で鉄也を見下ろすだけである。 「鉄也。恋人ごっこはもう終わりだ」 「な、なに、言ってるの……修介さ……」 「俺はお前を今夜、誰にでも身を売る男好きの性奴隷にさせる為ここに連れて来た。今までずっと、その為だけにお前のくだらない恋心とやらに付き合ってやっていたんだ」 「そっ……そんな……こと……あるはずっ……修介さん……悪い冗談はやめてっ……」 「冗談などではない。お前の存在など数ある商品の内の一つに過ぎないのだからな」 「嘘ですっ！　修介さんはそんな酷いこと言わないっ！　誰よりも優しくてっ……僕のことを大切にしてくれてっ……さ、さっきだって、デートの約束してくれたのにっ……」 「俺はお前に愛情を抱いたことは一度たりとてない」 　神嶽が否定するたび、鉄也の顔はどんどん蒼白になっていく。 （修介さんの目……すごく怖いっ……どうして……本気でそう思ってるの……？　僕……ずっと……騙されてたっ……？） 　一緒に手作りお菓子を食べてくれたこと。愛していると言ってくれたこと。優しく抱いてくれたこと。 　神嶽と過ごした甘い時間の全てが、鉄也の脳裏で走馬灯のようによぎっては粉微塵になっていく。