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鬼塚鉄也編6-1

 鉄也の恋が終わりを遂げ──翌朝。  神嶽はいつものように挨拶運動をするため正門前に立っていた。当番の勝も一緒である。  鉄也にはクラブから解放する際に、これからも毎日きちんと登校してくることと、クラブであった出来事は他言無用であること、それを約束できなければ家族さえも身の保証はできないと念を押していた。  気弱な鉄也ならば、あまりのショックにそのまま家に引きこもってしまう可能性もある。  クラブを知り、神嶽の恐ろしい面を知り、着実に奴隷としての人生を歩み始めた鉄也にもう逃げる術などない。心の拠り所など全て潰していくだけである。  普段よりも遅い時間に、鉄也はとぼとぼと元気のない足取りで歩いてきた。  家に戻ってからも涙で枕を濡らしたに違いない。泣き腫らした目で神嶽を見やると、化け物でも見たかのように怯えて走り去ってしまった。 「おは……あー……。鬼塚、今日も寝不足ですかねぇ?」  鉄也が置かれている状況など何も知らないで、ただ挨拶を無視され呆れる勝に、神嶽は学園長として一生徒を心配するようなことを言いながら笑ってみせた。  放課後になって、学園長室に呼び出された鉄也は、神嶽の前で今にも取って食われてしまいそうな小動物のように身体を震わせていた。  以前ならば、足を踏み入れるだけで心の高揚を抑えられなかった、恋人の仕事場。それが今はもう、地獄の空間と化している。  俯き加減の鉄也をじっと見つめる神嶽は無言だ。  その目もつい昨日までの優しげなものではない。道端のゴミを見るのとそう変わらないような目つきである。 「修介さん……」  重たい空気に耐え切れず、鉄也はか細い声を絞り出す。 「……ほ、本当は……あんなこと、したくなかったんですよね……? あそこにいた人達、みんなすごく怖そうだった……。だからっ、なにか脅されて……それで、仕方なく僕を差し出すしかなかった……そう、なんですよね……?」  それが、鉄也が未だ処理し切れない頭で考え抜いてどうにか出した答えであった。  今の鉄也の表情は、神嶽の豹変など到底信じられない、彼は絶対に悪いことをするような人間ではないといった顔である。  神嶽という存在がこの世にないものであっても、何も知らない鉄也にとっては、その偽りの姿こそ真の神嶽に他ならない。  本当は、鉄也の言う通り、なにか止むを得ない事情があったと。ああする方法しかなかったのだと。鉄也を愛する気持ちだけは嘘ではないのだと。  そう、いつものように優しく抱き締めてくれることを鉄也は待っていた。  だが──。 「いいや、あれは全て俺がやらせたことだ。鉄也、俺はお前を恋人などとは一欠片も思っていない」  昨日まで甘い台詞が吐かれていた口からは、もう凶器のように鋭い言葉しか出てこない。  ガラガラと音を立てて、鉄也の世界が壊れていく。全てが幻であったと改めて突き付けられる絶望。  負の感情が大波のように押し寄せ、遂には泣き出してしまった。 「俺の目的はただ一つ。お前があのクラブで男共にその身を売ることができるよう、指導することだ」 (いやぁっ……あ、あの場所、僕が犯されてるの見ても助けようともしないような人たちや……く、黒瀧の……やくざの人までいたっ……。僕っ、これからどうなっちゃうの……)  鉄也は伝う涙をシャツの袖で拭いながら、ふるふると子供のように首を横に振る。 (お父さんよりもずっと怖い人たちがいるだなんてっ……修介さんだけはそうじゃないって信じてたのにっ……一度は……あんなに、愛してくれたのに……)  神嶽という男は、日陰で生きていた鉄也の孤独な心を、その温かさで癒してくれた。彼が経験したことのなかった様々な初めてをくれた。ずっと一緒に居たいとまで思えた大切な存在だったのだ。  昨日の今日では、その寵愛の日々を忘れられるはずもない。 「お前は一人の人間に愛され支えられるような男ではない。不特定多数のチンポがなければ生きていけない淫売になるんだ」 「嫌ですっ……僕っ……そんなものになんて、なりたくないっ……」 「少し優しくされただけで勘違いする尻の軽い馬鹿女以下のお前には似合いの末路だと思うがな」 「尻軽なんかじゃないっ……ぼ、僕は……あなたのこと、本気で愛してましたっ……。わかってもらえなかったんですか……僕に何か……足りないところがあったんですかぁっ……。教えてください修介さんっ……どうして、こんなことが……」  しかし鉄也はここまできても、神嶽を責めるようなことは言わなかった。

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