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鬼塚鉄也編7-1

 昼食を終えて、ゆったりとお喋りの時間を楽しむ。  自らのストレスのはけ口は信頼できる人間との他愛もない会話。例えそれが相手が聞きたくないようなことでもお構いなしだが、いかんせん女とはそういうものだ。  優子もまた、屋上のベンチに腰掛けてくだらない恋愛談義に花を咲かせていた。  もっとも、隣に座る相手は男である鉄也だった。  近頃元気のない鉄也を心配して、彼女の方から半ば無理やり昼食に誘ったというところである。 「それでねっ、てっちゃん。今朝の学園長先生ったら……」  楽しそうにべらべらと喋り続ける優子だが、一方の鉄也は覇気をなくした顔で彼女の話を聞いていた。  その学園長本人に悲惨な目に遭わされたのだから、もう普段通りにはいられるはずもない。優子が神嶽の魅力を口にするたびに、バツが悪そうに眉間に皺が寄る。 「……優子ちゃんは……その……本当に学園長先生のことが、好きなんだね……」 「も、もう、てっちゃんってば! そんな風に言われたら、照れちゃうよぉっ……」  優子はかあっと赤くなる頬を両手で挟み込み、もじもじとしてしまう。照れながらもまんざらでもなさそうだ。  司に振られてからというもの、優子は誰にでも優しく紳士的である神嶽にすっかり心酔していた。  どうにも昔気質な優子は、自分を引っ張っていってくれるような頼れる男に惹かれてしまうようだ。  後輩ながらも仲の良い、親友とも呼べる優子。鉄也にとって恋がどんなに切なく、しかしそれを上回るほど素敵な気持ちにさせてくれるものかということを教えてくれた女性だった。 (あんなこと……言いたくないっ……優子ちゃんは大切なお友達……。でもっ……い、言わなかったら……! あぁ……僕は、どうすれば……)  相変わらず報われそうにない恋にうつつを抜かす優子を見ていると、鉄也の思考は掻き乱されてしまう。  甘い夢から突如叩き起こされた鉄也に、神嶽はとある命令を下していた。  いくら神嶽の言うことでもそれだけはと怯える鉄也に対し神嶽は、もし逆らえば友人達もこの凌辱に巻き込むと脅迫した。  鉄也を取り巻く環境には、まだ心の拠り所が多い。それも、連帯感の強い“女”にやましい思いのない仲間として認識されているときている。彼を学園生活でも孤立させる為に、障害は取り除く必要がある。  友人の身を天秤に掛けられてしまっては、鉄也はうかつに否定する訳にもいかず、ただ神嶽の恐ろしい思い付きを聞いていることしかできなかった。 「……って、やだ、せっかくてっちゃんの悩みを聞こうと思ったのに、私ばっかり話しちゃってるっ。もちろん無理にとは言わないけれど、私で力になれることなら、何でも相談してくれていいんだよ?」 「う、ううん。大丈夫……。本当に……なんでもないから……」 「……てっちゃん」  鉄也を元気付けようと努めて明るく振る舞っていた優子だが、どこまでも強がる鉄也に困ったように眉を垂れた。  元来こうして溜め込んでしまう性格のせいか、さすがの優子も彼が無理をしているのだとわかり、口を噤んでしまった。

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